平和ボケとは | マレットの囁き

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平和ボケと言う意味を取り違えている人が多いですね。

 

戦争の悲惨さを忘れることが「平和ボケ」

 

軍事力を強化し戦争に巻き込まれ、

 

悲惨な結末を迎え凄惨な思いをした。

 

そのことを絶対に忘れまいと心に誓った。

 

戦争を知らない世代に、それが上手く伝わっていないのか。

 

歴史を正しく学ばせていないせいなのか。

 

防衛を名目に軍事力を強化し、

 

あまつさえ戦争できる国に変えてしまおうと言う。

 

 

この考えは、戦時中日本本土で胡坐をかいて

 

戦争の悲惨さなど他人事のように思って

 

拙劣で愚劣な戦争指導をしていた者たちが

 

戦後の敗戦と占領下での屈辱を味わった恨みで

 

憲法を占領下で押し付けられたものと主張し

 

敗戦と占領の屈辱の憂さを晴らそうとした所に根があります。

 

 

そもそもが外国の軍事的圧力に対抗しようとして

 

「富国強兵」政策の下、軍事力を強化した結果、

 

イギリスに利用されロシアと戦争させられることになり、

 

同じく第一次大戦ではドイツとの戦争に巻き込まれました。

 

昭和に入って歯止めのきかなくなった軍部と

 

強大になり過ぎた日本の軍備を徹底的に破壊するために

 

アメリカの策略に乗せられて太平洋戦争をすることになりました。

 

歴史を正しく学べば、軍事力の増強が

 

いかに国家を危機に陥れるかは明白です。

 

 

21世紀になって新たな資料の公開から

 

様々な歴史的事実が明らかになっても、

 

歴史の教育では未だに取り上げられていないようです。

 

戦争は一切のものを奪ってしまいます。

 

その悲惨さは言語に絶するものです。

 

戦争の悲惨さの多くが伝えられていないのも、

 

その悲惨さ凄惨さが言葉では表せず

 

口にしたくもないほどのものだからです。

 

最近北朝鮮の漁船と思われる難破船が

 

相次いで日本の沿岸に漂着していますが、

 

半ば白骨化して死体は2~4人。

 

しかし乗員は10人前後と思われます。

 

残りの6~8人はどうなったのでしょう。

 

考えたくもない結末として思い浮かぶのは、

 

太平洋戦争中ニューギニアの奥地に逃げ込んだ日本兵は

 

虫や木の皮を食べて飢えをしのぎましたが

 

ついには、先に死んだ戦友の肉まで食べていました。

 

死にかけて動けなくなると

 

仲間に食われてしまうと証言した人までいます。

 

同じことが北朝鮮の漁船で起きていたとしたら。

 

しかし、いざ戦争となれば、

 

そのようなことさえ異常なことではなくなってしまうのです。

 

それが戦争の悲惨さの一部です。

 

戦争の悲惨さを知らず、学びもしないで、

 

軍事力を強化し戦争できるようにすべきだなどとは、

 

もはや完全なボケ状態であると言わざるを得ません。

 

 

何があっても戦争は絶対に避けなければならない。

 

戦争準備の道具となる武力は持ってはならない。

 

 

これが正しい「平和」の意識です。

 

ボケてしまっている人たちの話を真に受けては、

 

国の行く末を誤ることは目に見えています。

 

今の日本は危険な岐路に差し掛かっています。

 

「平和」のあるべき姿を、

 

今一度、再確認していきましょう。