教育勅語は最低のもの | マレットの囁き

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今でも大正から昭和期に教育勅語を教え込まれた人達の中には

 

教育勅語には良い事が書いてあると思っている人がかなりいます。

 

それもそのはずで、最初に誰もが納得する儒教の教えが

 

列挙されていて、そこだけ見れば確かに良いことだらけなのですから。

 

 

問題なのは、その後なのです。

 

簡単に要約して言えば、有事の際は国(天皇=国体)のために

 

死力を尽くせということです。

 

しかも、この理念は日本のみならず、他の国の民にも教え広めるべき

 

としています。

 

この結果、日本は「八紘一宇」のスローガンを掲げ、

 

我が兄弟たるアジア諸国民の

 

欧米諸国の植民地支配からの解放という正義の御旗の下に、

 

大東亜共栄圏構想を立ち上げ、

 

南方資源確保のための戦争を始めてしまいました。

 

 

しかも、国(天皇)のために命を捧げることを美徳としたことは

 

軍人の教科書とされた戦陣訓に利用され、

 

太平洋戦争後期になると、相次ぐ無謀な突撃による玉砕、

 

さらに戦争末期の特攻へと繋がり、

 

多くの人々の命を強制的に失わせることになりました。

 

 

しかし当時を生きていた人達にとっては

 

正義のための戦争を命懸けで戦っているという

 

強い自負心があったことも事実です。

 

特に将校以上の軍人は何の疑問も抱かず、

 

まさに「聖戦」を戦っていると信じていたのです。

 

 

教育の基幹が狂うと信念までも狂ってしまう。

 

その恐ろしさを日本は既に経験済みであることを、

 

すべての日本国民は知る必要があるのです。

 

 

大日本帝国を滅亡へと導いたものこそが

 

実は「教育勅語」であったという事実を

 

真実の歴史として学ぶ必要があるのです。