第二次世界大戦で最後まで戦い続けた日本が、
なぜポツダム宣言を受け入れ無条件降伏をしたのかについては、
世界的にも大きな誤解があるのではないかと危惧しています。
日本が無条件降伏を受け入れたのは、
昭和20年8月6日未明に
ソ連が突如、日ソ中立条約を一方的に破棄して
日本に対して宣戦布告したことにあります。
ソ連が日本に対して宣戦布告をしたことにより
大本営の最終作戦であった、本土決戦作戦が
水泡に帰してしまい、無条件降伏以外に
選択の余地がなかったのです。
奇しくも同日広島に原爆が投下されたことにより、
一瞬にして数十万もの戦闘には関係ない
民間人を殺害してしまった罪悪感を和らげるために、
当事者たるアメリカが、戦争の早期終結に
絶大なる効果があり、本土上陸作戦実行による
数十万に及ぶと想定されるの米将兵の
生命を守ったのだと必死に弁明したのです。
占領下にあった日本では、
敗戦処理に当たった当事者を除いて
ほとんどがそれを信じてしまったようです。
本土決戦は、日ソ中立を前提とし、
南北に伸びた日本列島の地形を最大限に活用して、
アメリカの軍事費が底をつくまで徹底抗戦して、
最終的に和平に漕ぎ着けるというのが
大本営に残された最後の作戦だったのです。
ところが、その最前提たる日ソ中立が崩れてしまったのです。
古来、両面から責められて守りきれた例はありません。
本州が制圧されても、北海道、または樺太や満州に
政権を移してでも戦い続けようとした大本営や軍令部は
まさに万策尽きたのです。
このような実情をほとんどの日本人は知りません。
ましてや、少しでも原爆投下という
ナチスドイツのユダヤ人虐殺のほかは
近大の人類史上、類を見ない大量虐殺を行った
人としての罪悪感から逃れたいという思いで
原爆投下こそが日本の無条件降伏につながったのだと
当時を知るアメリカ人は主張せざるを得なかったのでしょう。
過去のことは問題ではありません。
問題なのは人類を絶滅へと追い込む、
悪魔の武器たる核兵器を
未だに必要だと言い張る愚か者がいることです。
ある教育者でもある哲人は
もし原水爆を、いずこの国であろうと、それが勝っても負けても、
それを使用したものは、ことごとく死刑にすべきであるということを
主張するものであります。
なぜかならば、われわれ世界の民衆は、生存の権利をもっております。
その権利を脅かすものは、これ魔ものであり、サタンであり、怪物であります。
それを、この人間社会、たとえ一国が原子爆弾を使って勝ったとしても、
勝者でも、それを使用したものは、ことごとく死刑にされねばならんということを、
私は主張するものであります。
と、明確な主張をしています。
これこそが、我々が明記せねばならぬ
最も根本的な考えではないでしょうか。
核兵器だけは、どんな理由があろうとも
何をおいても優先的に排除すべきであり
それは、すべての人類、
いや、地上のすべての生物の求めるところです。
これに反意を表するものは
まさに地上の生命にとって危機をもたらす
魔モノでありサタン、怪物、もしくはその手先なのです。
そのような魔物の蠢動を許すわけにはいきません。
非核三原則は沖縄では全く適用されていなかったことは
21世紀になって分かった事です。
現在でも原子力空母や原潜には
核兵器が搭載されています。
核兵器の存在を見て見ぬふりをする。
これもまた、悪魔の所為であることを
これを読まれた方には知って欲しいと切に願います。