東京大空襲から70年。
今日本の為政者たちは、多くの犠牲者を出した、
過去の教訓を学ばねばなりません。
なぜ10万人もの一般市民が空襲によって
犠牲になったのか。
無差別爆撃が国際法上違法だったのは
当時も同じです。
アメリカは軍需工場の密集する下町を
攻撃目標にしたと口実していますが、
真珠湾以来の報復であったことは論を待ちません。
しかし、そもそもそのような事態を招いたのは、
日本の軍部による海外侵略だったことは、
歴史上明らかです。
そして、ここで注目すべき点は、
以前から述べている通り
全て「自衛権」に基づいた侵略行為だったことです。
日中戦争に始まり、太平洋戦争敗戦に至るまで、
その全てが、個別的あるいは集団的自衛権の行使
そのものだったという事実です。
日中戦争は、中国における在留邦人の生命、財産の保護。
つまり個別的自衛権の行使が中国侵攻の理由となっています。
だから当時は「日華事変」として「事件」扱いとしていました。
また東南アジアへの侵攻は、「大東亜共栄圏」の樹立という、
東南アジア諸国民を欧米植民地支配から解放し、
東南アジア諸国の独立と、日本との共栄を目指した、
集団的自衛権の行使でした。
集団的自衛権行使の与党内合意での適用範囲が、
早くも大幅に変更され、事実上の無制限にしようという、
自民党をはじめとする改憲派の議員の蠢動が目立ちます。
その一環として、憲法改正を訴え、
その主目的たる憲法9条の改正を
目論んでいることが白日の下に曝されています。
憲法は、こうした権力の輩を抑制するための法律です。
自らを縛る憲法を、自分たちの都合の良いように変えてしまおうという、
まさに権力の権化としての権力の横暴が
今始まろうとしているのです。
これが今の、集団的自衛権行使容認問題の本質です。
戦争は自衛権の行使から始まる
このことを、我々国民は銘記すべきでしょう。
それが、戦争の犠牲者に対する最高の慰霊ではないでしょうか。