永遠のゼロを三夜とも見たあと、
風立ちぬを見ました。
どちらも映画館では見ず、今回が初見でした。
見る人ごとに、それぞれの感慨を抱く
秀作と言って良いでしょう。
どちらも、戦争の悲惨さを語って余りあるもの。
そんな感を抱きました。
零戦は歴史上、比類無き発明品でした。
あたかも原子爆弾のそれに匹敵するほどの・・・。
それとは別に、当時の日本帝国海軍に対する批判も
それとなく入っていたのは好感に値しました。
それは、太平洋戦争当時、当乗員から
「マッチポンプ(ライター)」と呼ばれていた一式陸攻の
前身たる九六式陸攻に触れていたからです。
時代背景をしっかり捉えている点でも秀作と言えます。
また、第二次世界大戦で、名爆撃機と謳われたドイツの
ユンカース急降下爆撃機の功罪にも、それとなく
触れていましたね。
航空機の機体の強度を極限まで上げなければできない技術。
日本もいちはやくこの技術を習得し、
九九式艦上爆撃機という優れた爆撃機を作成しました。
当時の技術者の水準が、いかに高かったかが窺い知れます。
それは別として、当時の人々は、
決して国のために尽くしたのではない。
愛する人達のために、命を捧げたのだということです。
戦争体験は、悲惨な思いをした人たちの体験は
話されることなく消え去っていきます。
悲惨な体験とは、殺し合いの体験にほかならないからです。
戦時中は当然のことですが、戦争が終わってみれば、
殺戮戦、殺戮行為にほかならない。
今のテロリストと変わらない行為をしていたのです。
このようなことを、どうして他人に伝えられるでしょうか。
まして親しい人にはなおさらです。
永遠のゼロでは、パラシュートで脱出を図る米兵を
躊躇なく銃撃する姿がありました。
それを見た瞬間、その理由が分かった人は
少なからず戦争の悲惨さを感じ取っている人でしょう。
日本の軍用機にもパラシュートは装備されていましたが
使用例は、落下傘部隊以外には多くはありません。
高名を馳せた「加藤隼戦闘機隊」の加藤隊長でさえ、
敵機の銃撃で墜落の際には、パラシュートで脱出することなく
搭乗員席を下にして不時着し、自決しました。
日本では「生きて虜囚の辱めを受けず」との戦陣訓が絶対でしたが、
米英軍にはそんなことは通じない。
次期戦力となるパイロットは、確実に始末するという考えは、
最も理にかなった戦術なのです。
これそのものが、戦争の悲惨さを物語る何ものでもありません。
戦争とは殺戮戦です。
現在のテロとの戦いも、まさに戦争なのです。
日本も既に巻き込まれ始めていますが、
今なら引き返して、大規模な世界戦争への波及を防ぐこともできます。
何故なら、日本以外に平和を国是として憲法に掲げる国は
他にないからです。
世界における日本の立ち位置を、我々日本国民は
今こそ真摯に考えるべき時ではないでしょうか。