拉致問題と極東アジア情勢 | マレットの囁き

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ご訪問ありがとうございます。

前回、かなり要約してしまいましたので、

一見すると飛躍していると感じられた方も多いでしょう。

大きな流れとして捉えていただければと思います。



さて今回は、日本でも今問題となっている

北朝鮮との問題について、

2大潮流を根底において考えてみます。


そもそも北朝鮮の金正日が拉致の存在を認めて

拉致した人のうち一時帰国を望む人たちを

日本へ帰還させると提案してきたのは

体力的に急速な衰えがあり、実権が揺らぎ始めた

金正日自身が、最後の権力を出して軍部を抑えた

結果であったと言えます。

金正日にとっては人生最後の賭けでもあったでしょう。


この日朝国交正常化を前提とした提案は、

当時の小泉政権にとっても日中国交回復に並ぶ、

歴史的快挙になるはずでした。


ところが、具体的な動きが始まると、

思いもよらないところから「待った」がかかったのです。

それは、時のブッシュ米政権からでした。

当時米国は、中東での影響力をより強固なものにするため

中東地域での作戦を準備中で、まさに実現する直前でした。

しかもこの作戦は、世界からは賛同を得難いものであることは

作戦立案当初から予測されていたので、

たとえ少数でも、確実な支援国家の確保は

必須だったのです。


特にアジアにおける韓国と日本の両国からの賛同は

どうしても取り付けなくてはなりませんでした。


しかし、北朝鮮と日本が国交を回復してしまうと

自然の流れとして、南北朝鮮間も融和が一段と進み

極東アジアにおける軍事的緊張感は、一気に喪失してしまいます。

こうなると、米国の軍事的影響力の必要性が薄れ

米国が予定していた中東への軍事作戦行動への賛同が

得られない公算が極めて大きくなります。


このため米国としては、この時期の日朝国交正常化は

どうしても潰す必要があったのです。


その見返りとして、日本からの輸入促進が

あったと考えられます。

経済政策では取り立ててみるべきものがなかった小泉政権にとっても

国内経済立て直しのきっかけになるという考えもあったでしょう。


いずれにしても、この時の政治判断により

今日に至るまで、拉致被害者との面会も叶わぬ事態を

作り出してしまったのです。


拉致問題は、日朝国交正常化を実現して

相互の国への出入りが自由になれば、

拉致された人が家族と会える機会も限りなく大きくなり、

根本的な解決へと大きく前進するでしょう。


金正日の時代も、拉致を指導した軍や現場の責任者に対して

処分は行わないことを前提としていたようですが、

それも金正日が生きていればの話で、

亡くなってしまえば、どう話が転ぶかわからないという不安感から

北朝鮮の軍部が、米国防総省や米政権と連携し

日朝国交正常化を妨害したという側面も考えられます。

むしろこの利害が一致した両者が暗黙のうちに

共同歩調をとったというところでしょう。


極東アジアの緊張感が世界の動乱と関係深いことを示した

ひとつの事例と言えるのです。


いまでも、すぐにでも日朝国交正常化実現に向けて

日本政府が歩み寄れば、拉致問題は解決へと

大きく前進することは目に見えています。

しかし、それに反発する勢力を恐れて、

動き出せないのが現実です。


これには中国の軍部の最高指導者たちも関わってきています。

中国にあっても、政治指導者と軍事指導者との勢力争いが

激しさを増してきているようです。

日本のすぐ周辺で、平和実現とそれに反する勢力との

表面に現れないところでの熾烈な闘争があることを

知っておく必要があるのではないでしょうか。