戦争ほど悲惨なものはない | マレットの囁き

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途中からでしたが、

「99年の愛」第3部の後半から見ました。


ドラマでの沖縄の事は、途中から見たので分かりませんが、

思想犯として、多くの罪無き人が投獄されたことは事実です。

もっとも人間らしく生きようとした人が、罪人扱いされた時代。

今では想像もつかない時代でした。


そして、自由の国といわれたアメリカでも

在米日系人は、その財産のすべてを事実上没収された形になり、

敵国人扱いとして、収容所内に隔離されました。


アメリカへ渡った日本人は、


長年の苦労が実り、アメリカ国籍を取得し、

周囲のアメリカ人とも交流を深めました。

日系2世、3世の人たちは、日本人ではなく、

アメリカ人として生活していました。


しかし、日本の真珠湾攻撃で一変してしまいました。

それまで親しく付き合っていた周囲の人たちが、

同じアメリカ人であるにもかかわらず、

異様な敵愾心を持つ人も大勢出てきたのです。


勿論、常日頃一部の日系人に対して快く思っていなかった人に

煽られた事もあったでしょう。


米首脳部も、国内の反戦論を一掃するために、

事前に知っていたにもかかわらず、

敢えて真珠湾攻撃をさせたという事実は、

今ではアメリカ国内の世論でさえ、

認めざるをえなくなっています。


次回の第4部は、在米日系人部隊が、

欧州戦線でいかにして「何のため」に命を懸けて戦ったか。


日系人部隊の活躍は目覚しく、多くの功績を作りました。

その陰で、多大の犠牲を払いながら・・・。


日系人部隊は、その損耗率(戦死傷率)は

他の部隊に比して格段に高かった。

多くの勲章も受章しましたが、日系部隊で戦った人たちは、

勲章を貰うために戦ったのではない。

抑留されている家族のため、愛する人のために戦った。


自分の命で家族や愛する人の生活が保障されるならば、

喜んで、進んで命を捧げた。

勿論、死にたくて死んだわけではありません。
自分の死が、決して無駄にはならないと固く信じたからこそ、

命がけでの戦いに、敢えて志願をしたのです。


当時の日本の若者たちも、気持ちに於いては同じでした。

どんなに教育で洗脳されても、最期は、国=愛する人、家族

この思いで戦いに望んだ。


戦場での最期の言葉・・・、

一般の兵士は、みんな「お母さーん」と言って死んでいったそうです。

今わの際に、誰が「天皇陛下万歳」などと言うものか。

誰でも最期の時は、人間らしい気持ちが蘇るものです。


しかし、戦争では、敵を殲滅しなければなりません。

その代償として、家族や愛する人の生活が守られる。



戦争での殺戮も人殺しに変わりはありません。


当時の日本では、優秀な殺人マシン育成としての

人間性否定の軍人教育がありました。

人間性が少しでも残っていると、

敵と真正面に相対した時に、

銃の引き金が引けなくなってしまう。

敵は人ではないと叩き込むのが、

日本の軍人教育の基本でした。


このことは、洋の東西を問わず、軍隊では当然とされていました。

それは、第1次大戦での史実に基いて作られた映画

「戦場のアリア」でも、

戦場に送り出す兵士に対して、

牧師が同じキリスト教徒であるドイツ兵を殺せと

説教しているシーンで象徴的に描かれています。


まともな神経なら、人を殺せなどとは言えないでしょう。

人は仲良くし助け合うものです。

人殺しをしたり、させたりするのは、もはや人間ではなく、

魔物に魅入られた妖怪変化です。


正当な戦争など絶対に無い。


テロとの戦いも新しい戦争です。

何故もっと話し合って、お互いを理解しようとしないのか。


不信感による対立と、そこから生まれる悲劇。


最近日本の周囲でも、国と言う枠組みにとらわれて、

相手国の人に対してまで不信感を募らせるような事件や、

それに対する報道が見受けられます。


その奥にある根本的な問題点をしっかり見つめなければ、

悲劇を繰り返すばかりです。


平和が当たり前になっている日本。

それは確かに幸せな事です。

その幸せを確実なものにしていく努力が求めらている。

そのためには、周辺諸国の人々との相互理解が不可欠です。


周辺諸国の人々にとっては、未だに日本は過去に侵略してきた国であり、

当時の日本に陵辱し虐げられた思いが根強く残っています。

時代が変わったと言っても、根本的な不信感の払拭には、

長遠な時間と過去の侵略を否定する歴史認識が必要です。


その認識に立って、問題に対処していけば、

早期に解決できない問題は無いでしょう。


正しい史観を培い、本質を見極める事が大切ですね。


もっと仔細に記述しなければ真意は汲み取ってもらえないかもしれません。

しかしここでは、戦争ほど悲惨な出来事は無いという事が、

多少なりとも伝わってくれれば良いと考えて、思うままに書きました。


ここまで読んでくださった方々も、色々な思いを抱かれたことでしょう。



ちょっと飛躍した言い方になってしまいますが、

今後、国や民族という概念を変える必要性にまで議論を進めないと、

真に問題の解決には至らないでしょう。


このことを未来に対する示唆として、ここに留めたいと思います。


その先に宗教と言う、人類の歴史に深く関わる問題がありますが、

それはまた、別の機会に譲ります。


最後までお読みくださり、ありがとうございました。