~1902~
前年度に伊仏同盟にて締結された行軍は、特に裏切ることもなく進められた。
私は更新時のお知らせ(更新のたびにGMから各国の行軍が送られてくる)のフランスの行軍だけ見てほっと一息ついていた。本土が
陥落した国もなく、欧州は平和なまま・・・・・・
独:Ber-Vie
墺:Vie-Ber
ゲルマン民族こわい。
話には聞いていたがまさか本当に侵攻することになろうとは・・・・・・伊仏同盟を選んでて本当によかった。
とりあえず一番の友好国であるフランスさんに今後の相談。前年度に話していたように、TunとSpaはお互いの支援に回る方針にして、
行軍自体は外交を見て決めることに。
ちなみにこの時点で「仏伊で組んでるんじゃないですか?」と聞いてきたのはイギリスさんくらい。実際どこまで気づかれていたかは
分からないが、行軍の効果は十分だったように思う。
他国との外交だが、そこまで具体的な提案はあまりなかったようはず。今後の方針を聞き合ったくらいか。
特筆すべきはドイツからの「今回もオーストリア行くって(まわりに?)伝えてあります」ということか。この独もうナチスが牛耳ってるんじゃないか?
あとはロシアとトルコがお互いをけん制し合っていることと、イギリスがドイツに行きたそうにしていることは分かった。
そして1902年のポイントになりうる外交が一つ。伊仏で話し合って決めたのだが、先の伊仏同盟を拡張し、「伊仏露同盟」とすることにした。
もともとロシアはイタリアにとってもフランスにとっても対象国であり、潜在的な友好国である。引き入れるという案が決まるのにそう時間は
かからなかった。
というわけで自分がグループを作り、三国による話し合いが始まった。これより先の具体的な行軍案などはここで話し合って決まったことである。
・・・・・・余談だが、このときイタリアがグループを作った時、完全にその場の勢いでグループ名を
「ロシア・フランス・イタリア協商」
としている。第一次大戦に協商を主導するイタリア。イギリスも入ってないしほんとにお前それでいいのか。
世界史ニワカですみません・・・・・・
まあ何はともあれ話はスムーズに進み、お互いを支援し合う行軍案がまとまった。割とがっつりトルコを裏切ることになったのが心残りだが、
この三国で組むなら致し方ない。私は心の中で土下座しながら軍を進めることにした。
1902年 行軍内容
イギリス:lon s swe-bel、swe-bel フランス:par-lon、tun s rom-gre ドイツ:ber-vie オーストリア:vie-ber
イタリア:rom-gre、spa s par-lon ロシア:stp s rum-con、rum-con トルコ:con-stp、gre-rum
~1903~
さて、仏伊露同盟の行軍案はうまくいった。
・・・・・・トルコさんに会話の名前を「イタリアートルコ 同盟」から「イタリアートルコ」に戻されてしまったが。ちなみに更新後約15分後。はやい。
それと大部屋にてドイツさんから「もう一回同じ行動予定(*´∀`*)b」(原文ママ)という発言がなされた。マジかこの国。
(今思い返せばこれも立派な大部屋外交である。ドイツさんに先を越されてしまってました。悲しみ。)
さて、盤面を見てみよう。前年にはLonの支援で活躍したSpaだが、ここからフランスを支援しようにもちょっと行き先がない。
維持支援くらいだが将来性は皆無だ。
またロシアがConを占拠したことで、イタリアが単独で戦力2を投入できるのはVieだけとなった。Vieは様々な拠点と面しており守りにくく、
オーハンはドイツと殴り合ってる上にドイツは既にVieを攻めると宣言までしている。
端的に言うと、これ以上伊仏露同盟を続けるメリットはないと判断した。というかこのターンで絶対フランスが来ると思っていた。
というわけで裏切るわけだが、その手法も難しい。どうにかこのターンで一気に勝つプランを考えたが、このターンで空白になりそうな
領地がなく難しそう。Tunを取るのは簡単だが、前年にトルコを裏切ったばかりであるのでかなりヘイトを集めそうだ。攻めるなら
制覇の見通しが立つ段階で実行したい。
そんな理由のもと、今回SpaとRomは様子見を兼ねた相互維持支援にした。
また、トルコさんからRum-Conの支援のお願いが来たので、前年の罪滅ぼしも兼ねて受けることにした。もちろん情によるものでなく
打算あってのもので、外交の信頼関係回復とロシアの拡張阻止、次年度以降のTun攻めの支援などを目論んでいた。
・・・・・・ただ実際このあたりの外交は自分でも疑問手だと感じており、もっと良い組み立てがあったのではないかと考えている。次回への反省
としよう。
ともあれ今年の方針は決まった。あとは各自が自分の考え通り動いてくれるのを願うばかりである。
さて、更新時間になったので地図を見てみよう。
1903年 行軍内容
イギリス :bel s vie-ber、swe-stp フランス:par s lon-bel、lon-bel、tun-con ドイツ:ber-vie オーストリア:vie-ber
イタリア:gre s rum-con、rom s spa h、spa s rom h ロシア:con-rum、stp-swe トルコ:rum-gre
・フランスが攻撃してきてない
・むしろ4拠点となってリーチかけられてる
・トルコ、Rum-Greを選択
・だが支援命令は出してるためロシアを裏切ったことは明白
このイタリア、完全に目が節穴である。
(次回に続く)


