かけるときに、書いておこう、ということでもう1つ。


先週末は結婚式で関西に戻っていました。

懐かしい神戸や大阪に行くのは楽しみでした。


その中でふと不便だったこと。それはIC乗車券。

神戸からの帰りにPASMOでJRに乗ろうとしたらエラーが。

SUICAとは連携していても、ICOCAとは連携していないんですね(なんとなく気付きましたが)。


私は関西で私鉄沿線だったので、ICOCAではなく、PITAPAというIC乗車券を使っていました。

なので東京に着てからSUICAを購入。でも、なんとなくPASMOに変えました(別に使えるのだけれど、なんとなくSUICAは好きじゃない私がいました)。


東京は不便です。

SUICAもPASMOもどの路線でも使えるけど、チャージしなければいけないし、定期もわざわざ購入しないといけない。

その点PITAPAはすごかった。

JRを使うときにはチャージが必要だけど、基本的には引き落とし(クレジットもしくは銀行口座から直接引き落とし)。

しかも、ほとんどの電鉄会社で20日以上同区間に乗車すると、それ以上は加算されない(=定期代以上にはならない)、回数によって割引がある。

こんなのが当たり前だった私には、SUICAもPAMOもくすみがち。

大体チャージが面倒くさい。

じゃあカードにすれば、とのご意見もありますが、これ以上クレジットカードは必要ない。


東京と関西の分化差を感じます。

1.割引

2.クレジットカードに対する抵抗


1.割引

関西人にとっては、定価は無駄です。

ディスカウントが当たり前の今の市場では、定価で買うのはばかなこと。

無駄なお金。

でも、東京の人って結構そういうの無頓着ですよね。

「スマートじゃない」って思われるのか、なんなのか。

値段を気にして、時間を無駄にするのがいやなんじゃないか、と仮説を立ててみました。

東京の文化は時間に厳しい。

厳しいというよりも、交通網に関して言えば、1,2分単位5分単位で動いているので、時間に対する感覚が違うような気がします。

1分が大きい。

だから、無駄な出費を抑える時間がすごく無駄でなんなんだ、という感じなのかも。


2.クレジットカードに対する抵抗

大阪はもともとご存知のとおり、商人の町でした。

今もその気風は残っているのか、現金を大切にする気がします。

なので、クレジットカードを使うのはいや。

電子マネーであっても、やはり形があって数えられなくなってしまう不加算なお金はクレジットカードと同等じゃないか、と。

信頼がおけない。

だからそこに付加価値をつけるとしたら「現金よりも安いですよ。わざわざ回数券買わなくても自動で割引しますよ」じゃないか。

安くなるうえに便利。


IC乗車券でもお金に対する感覚の違いを感じます。

さて、ここでなにが言いたかったか。

関西人はお金が大事であるとはっきり言います。

お金に換算して考えることも多い。


私は、あるとき、お客様に

「うちの会社は大変やろ。提案してもすぐ『こんなんあかん』って着き返すし」

と言われたことがあります。

その時に

「それだけのお金を払ってるからそれは当たり前じゃないですか。」

と言って大笑いされたことがあります。

大阪の会社の方だったのですが、「やっぱり関西人やなぁ」と言われました。

企業で使うお金は会社のもので、やっぱりなかなか自分の懐から出すお金と違う感覚の方が多いんじゃないでしょうか。

でも、それで「まぁ、いいや」では無駄が増えていきます。

お金使うならば使うだけの対価、もしくはそれ以上の対価がないと。

自分のお財布から出て行くつもりで、それだけの価値をつける。

関西人だと笑われても、それは大事だし、そういう気持ちで仕事をしていきたいです。






またまたお久しぶりの日記です。


最近はなかなかブログを書く時間がなくバタバタしています。

引越しから1週間、オーダーしていた新しいテーブルも入って、わが社も今のオフィスに慣れつつあります。


オフィスは新しくなれども、皆忙しく外に出ることが多いので、実際オフィスにいる人数はわりと少なかったりする、ということを聞きました。(私もいないうちの1人ですが)なんだかせっかく広いところに越したのにへんな話ですが、忙しいということはいいことなのかもしれません。


先週は本当にバタバタしていて1週間があっという間に終わってしまいました。

今のプロジェクトも今月が1つめの山で、今が佳境かもしれません。


今日もそうですが、月曜日はミーティングで1週間の報告を行います。

私は上司と一緒にプロジェクトに入っているので、あまり報告することがないと思っていましたが、先日のミーティングで指導が入りました。

「全然わからない」


よく考えれば、今はオフィスにいるわけでもなく、外部の方と一緒にプロジェクトを進めているので、社内の人間と仕事を進めているのではありません。

上司の担当のことはわかっても私が行う作業の中には他の担当のものもあるので上司も知らないことがあるのです。

上司に精神的に頼りすぎていたのか、上司はなんでも知っている、と勘違いしていました。

そして先々週からミーティング準備には気を遣い、時間をかけています。

社外にでてい、プレゼンの練習もないいまではこのミーティングは人前で話す大切な機会です。

わからないなりに、理解できるように整理して、知識を増やして、話す順序を決めて、「知っているだろう」をなくすのに必死です。

これは、私の悪い癖ですが、聞き手はある程度自分が話す内容を知っている、という前提で物事を考えているようです。

なので、相手にとってはわからないことばかりが残る。

まず、この考え方を払拭するのに時間がかかります。


でも、最近はやっと他の方が話を聞く耳を持ってくれる報告ができるようになってきた気がします。

まだこんな段階ですが、少しずつでも、何かを習得していかないと、時間はすぐにすぎてしまいます。

今月、来月は勉強・資格取得がたくさんあります。

人より長く学生をしてきた分、人においつかなければいけないこともあるし、人にはないものを使って新しいことをやりたい。

そのためにも必要知識については身につけておかないと。

なんでも、仕事で関わるのならば、ついでに勉強してもう少しいろいろなことを身につけられればきっと先で役に立つはず。


この会社に入って、そんな気がしています。

仕事は「やらされている」ではないんです。

やりたい、やろう。

そう思えてきました。

なかなか時間はないけど、それでも自分で何かを追加しておけば、それはきっと自分のものになるはず。

そうやって引き出しの中身を増やして、いつでも使えるようにしておかないと。





お久しぶりです。


1週間ぶりに会社に戻りました。

毎週月曜日は午後のみ会社に戻り、ミーティングなどに出席します。


今日は、内部でのプレゼンの研修をかねたRCM(リスクコントロールマトリクス)についての講義を受けました。

リスクコントロールマトリクスといえば、内部統制の文書化の3点セットのうちの1つで、業務フローで発生することが予想されるリスク(適切な財務情報を作成するための要件を侵すとかんがえられる事項)を洗い出し、そのリスクに対する統制(予防や対処を行い、リスクを改善すること)を記述したものです。


講義を聞きつつ、今まで読んだ(といっても読み込んではない)本を思い出し、RCMの作成の難しさを改めて実感です。

リスクがどのアサーション(「勘定科目が正しく、適切に計上、表示されている」というときの「正しさ」を表す6つの事項)を侵しているか、ということでも、一つのアサーションを侵すだけではなくて、しかも、人によってどのアサーションに該当すると考えるかはばらける可能性があるもののあるのです。


とにかく、疑問と不安だけが残りました…。

たぶんこれは自分たちで試行錯誤しながらやっていかないと、わからないのかもしれません。


話は少し、変わりますが、昨日、神田明神のお祭に行ってきました。

子供の頃に三社祭に行ったことがあるくらい(しかも記憶がない)で、関東のお祭は久しぶりです。

私がよく行ってたお祭は祇園祭で、イメージとは違いますが、ここ数年は山鉾巡行だけでなく、御神輿を見に行っていました。

知り合いが担ぎ手だったのがもともとの理由ですが、御神輿を見るのが好きになってしまいました。


神田明神のお祭は、祇園祭とは少し違い、たくさんの御神輿が町内ごとに出ます。

宮司さんのアナウンスによると、200基以上。昨日、神社で祈祷してもらえるのが100基ほど。

祇園祭の御神輿は3基。大きさも全く違い一基に数百人の人が担ぎ手として出るのです。

それからすると、身近なお祭だなぁ、というのが感想でした。

そして、女性や子供も担ぎ手として、参加できるのです。

そこが違う!!

ハッピ姿にハチマキは、なんか凛々しくて快い気分になります。

しかも、大通りから、細い道に入り、本殿へと向かうので、参道では本当に間近に御神輿が通ります。

そこで、意外だったのが、見物人を守る人たちがいるということ。

担ぎ手たちは興奮しているし、とにかく自分たちが担ぐことに集中しているので、右や左に微妙に寄ってきたり、広がったり、県下があったりします。

見物人たちと入り混じって担いでいくために、参道では見物人は屋台と御神輿の担ぎ手との間に挟まれてしまいます。

その時に、担ぎ手の中に、見物人たちに寄りすぎたり、内部での喧嘩をなだめる人たちがいるのです。


内部統制の講義をききながら、彼らは「統制」の役割だなぁ、と思い出しました。

あれだけの興奮状態の人たちなのに、事故などがあまりないのは彼らのおかげです。

企業もそういう人たちがいて、目を光らせるようにしていかないといけないのですね。