新潮クレストスト・ブックスの定評ある美しい装丁の一冊。1970年代に中国を吹き荒れた、文革の嵐。そこを生きた2人の少女を描く美しくも悲しい一篇です。階級闘争から「労改」(労働改造農場)に送られてしまう大学教授の母を持つ少女、蓮(リエン)は多感な少女で知的好奇心もいっぱい。でも知的階層は自己批判を強要され、学校で学ぶことといったら、革命のプロパガンダばかり。そんな蓮が母に連れられて「労改」で収容されている大人(かつての大学教授など知識階級)から少しづ学び取ってゆく学問の魅力。それを共有することのできない蓮は、「労改」の睡蓮の池 の蛙や虫たちに話し聞かせる。そうして慰めを得る蓮には、最下層の階級に属する金という無二の親友がいた。しかし二人の友情も文革に翻弄され、やがて悲劇的な結末に......

思いテーマをユーモアと柔らかな文章でつづる少女の成長物語です。それにしてもやっぱクレスト・ブックス、装丁の造りがしゃれていて500ページ超の作品ですが軽やかで心理的にも負担感を感じさせませんね。

ルル・ワン, 鴻巣 友季子
睡蓮の教室

 京が熱い。といっても厳寒のこの季節、気候ではなく、昨今、出版された新刊本の中で京の町を舞台にした小説が熱いのだ。といっても、私が個人的にそう思っているだけで、周りの読書諸氏からそのような声が聞こえていると言うわけでは、ことさら、ない。至極個人的に今、京がブームだ。というわけで、根っからの関東人の私は、文化薫る京に恋慕をかさねている。そんななか、京都のブックカフェなんかを紹介した『京都 読書空間』なる案内本をぺらぺらやりながら熱いため息をついている。なんせ、高校の修学旅行でしか行った事のない彼の地への恋慕は募るばかり。

 そんな思いを読書で解消というわけではないのだけど、『こいわらい』は現代の京を舞台にした爽快剣術活劇譚だ。なぜか幼少の頃からそばにあった棒切れを見事に操る和邇メグルは今を生きるのほほんとした女子大生。彼女がひょんなことから秘剣「奥儀こいわらい」の正当な伝承者だったと始まるこの不思議な物語は、やくざや怪しげな刺客をばっさばっさ斬りまくるメグルの爽快な活躍をメインに京の市井が生き生きと書かれていて、お勧めです。ラストのこってりした幕引きも、うーん関西っぽい落ちでめでたしめでたし。

松宮 宏
こいわらい
京都読書空間

 会話文を省いた濃密な文体は、最近の新刊本に慣れた頭には通読するまでにしばし、時間を必要とした。が逆を言えば、著者の心象とも言うものが強く、俯瞰的な視座で描かれる描写は、古典文学に親しんだものには、ひどく馴染みが深いのも事実だ。

著者10年ぶりの短編集は、深い魂の慟哭に満ちている。生の放埓の果てにある光り輝く、躍動的な魂の無条件の肯定と祝福。久しぶりに上質の文学作品を読んだ、気だるいが心地よい疲労感に包まれた。『対岸の日溜り』という一篇の中で、大戦で残虐の限りを尽くした老人が語る言葉には、思わず『カラマーゾフの兄弟』を思い出してしまった。

 「充分な賛同を得て始めた戦争とはいえ、どの殺人も最終的には単独の人間の行為として受容しなければならず、どんなに悔い改めてても追いつかない、(中略)よしんば極楽しかないあの世が天のどこかに用意されているとしても、百歩譲ってそこが死者の不安を完全に鎮めてくれる暖かい家庭だとしても、返り血にまみれた魂でもって今更そんなとこにおめおめと帰れるわけがないではないか。仏とやらがそれほどにまでに慈愛に満ちた存在ならば、地上の人である命をなぜそうまでして残酷に弄ぶのか。魔物の所業とどこが違うのか。」と。

丸山 健二
落雷の旅路

 現在の不思議な町「穏」をめぐる異色ホラー。「穏」は「雷の季節」には「鬼衆が悪い子供たちをさらってゆく」と言われている、そんな、前近代的な因習に強くとらわれた町だ。「穏」に住む少年「賢也」は、ある「雷の季節」に慕う姉が失踪してしまう。鬼にさらわれたのではないかと疑う「賢也」だったが、自身も「風のわいわい」に取り憑かれて、不思議な力を持ち始める。そんな時、現在から隠された「穏」の中にさらに隠蔽された「墓町」を訪れた「賢也」は現在の都市への入り口を見つけて、「穏」からの逃避を企てるが、現在にも「穏」の人たちが隠れ住んでいて、彼らには呪詛と呪縛に満ちた「穏」からの密命を受けた人たちだった......

 豊かなイメージに裏づけされた、不思議な物語は、見たこともない「穏」という町に強い望郷の念を感じさせる。美しい装丁とも相俟って読者を郷愁溢れる異界へ誘う1篇。

恒川 光太郎
雷の季節の終わりに

 恋愛小説に料理が出てくるのは、珍しくはない。それは香の物のようにストーリーにピリッとした色を添える。が、この小説に出てくる料理はちと変わっている。ヤモリの姿焼きに、ポテトサラダ、カレーうどんにバターぶかっけ飯。うーん、華やかな恋を描くには、なんとも無骨、野暮な面々だ。その「B級グルメ」を平安寿子の描く女性たちはぺろっと平らげる。それどころか、臆面もなく大好きなんだーみたいに言ってのける。うへー参った。飾り気のないガチンコ恋愛パワーに、気の弱いおじさんは「ごちそうさま!」と肩を丸めて帰路をとぼとぼ行くしかない。カレーうどんで、てかてか光る唇をなめながら、触手は次の恋愛対象を物色中。怖い。昨今の女性の強さを描いた秀作です。

 そのうち、おじさんの聖域、立ち飲み屋にいったら、中はうら若い女性でいっぱい、なんて日がくるかもね。

平 安寿子
恋はさじ加減

 <数値海岸>という仮想リゾートをめぐる5篇。意識と感覚の情報化が進み、人々は自分の「情報的似姿」を自由に<数値海岸>という仮想リゾートで遊ばせ、擬似的に経験した体験をダウンロードすることによって、いろいろな場所に行くことなくヴァケーションが楽しめるビジネスが勃興する未来。<数値海岸>にはそんな「情報的似姿」の「ゲスト」を歓待するようにさまざまなキャラクターがAIとして配置されていた。が、<大途絶>=<グランドダウン>によってゲストが訪れなくなった<数値海岸>ではAIたちがゲストの来訪を待ちながらも300年もの間、人間のいないリゾートで暮らしていた......そんな構築された仮想空間を描く秀作のSFだ。

 美しい夏のリゾートを背景にした<夏の区界>のAIの切ない哀しみを描く『夏の硝子体』。<数値海岸>の開発をめぐる『ラキッド・ガール』。開発チームメンバーが500回もの死を「上書き」して死ぬ『クローゼット』。<グランドダウン>に至る経過を描く『魔術師』ど。豊富なイメージと精緻なプロットは読むものを圧倒する。行間から立ち上がる形而上学的命題。『廃園の天使』シリーズ2作ということで、次作が早くも期待される1冊だ。

飛 浩隆
ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉

 公園で読書するには寒くなってきたけれど、公園を舞台にほっかりあったまる一篇。カメラマン志望の大学生「ケイジ」は公園を散策するる美人主婦を隠れて撮影するように、その夫から依頼される。ファインダーごしに彼女のしぐさや、振る舞いを撮影するうちに感じる違和感。「好きになってしまったんだろうか」。日比谷公園、砧公園、吉祥寺、井の頭公園。都下の公園めぐりをするうちに芽生える恋心、に似たようなもの。ハートウォーミングな一篇です。同じ公園つながりで吉田修一の『パーク・ライフ』も面白いよ。

小路 幸也
東京公園
吉田 修一
パーク・ライフ

 昨日に引き続きまして、ミステリを1篇。てな訳でタイトル「ミステリ、プラスワン」。いやー読みごたえあります、手にずっしりと500ページ2段組。でも飽きさせません。一気にジェットコースター。車椅子の天才、ニューヨーク市警捜査顧問リンカーン・ライムが140年前のアメリカ合衆国誕生秘話をめぐる難事件に挑む。だが、その秘話も捜査をかく乱するダミーだったりして、これでもかってくらい予想を裏切る展開。ライムの科学的捜査手腕が見事な謎解きを。パートナー、美人のアメリア・サックスが赤いカマロで現場に駆けつける。ただ、意外と残念なラスト。うーん、なんかいまどきのハリウッド映画のようで、良かったのか、悪かったのか?少しありがちな予定調和にがっかり。でもディーヴァーのディテールを書ききる精緻な文章。ニューヨークの市井に描かれる犯人の心理描写。謎解きよりもそこに至る500ページ。充分面白いぞ。

ジェフリー ディーヴァー, Jeffery Deaver, 池田 真紀子
12番目のカード

 師走ってことで、クリスマスやら何やらで贈り物が増えるこの季節。子供たちにお勧めの一冊があります。それは、ガブリエル・バンサンの『アンジュール』という絵本です。文字のないスケッチで描かれた迷子の犬の話です。その犬はいろんなことにあいながらもふらふら旅を続けます。そして、最後、一人の少年に出逢って、また新たな物語の予感がするところで終わっています。なんと言っても良いのは文字が無いこと。読み聞かせる大人は好きなように物語を作れます。そのときの気持ちがでてしまうので、ご注意を。子供たちは一人でめくるとき、それぞれの物語を形作ることができます。


バンサンには少し苦い思い出があります、それは森のなかにある私設絵本美術館みたいなところを訪ねた時のこと、たまたまバンサンの原画展をやっていて、「ふーん」みたいな感じで観ていたのですが、私たちの後から来た女学生風の人たちは、きゃあきゃあ言いながら足早にそこを出て行きました。そのとき、カウンターに居た(喫茶店併設)店主と思しき、髭を生やしておしゃれないかにも「絵本好き」といった体の人が言いました。「最近、あのテのが多くて困るな!ちっとも絵を見ないで、雰囲気だけでくる人たちが!」って。確かに、森の中の一軒屋、そういった雰囲気はあります。私たちもテーブルでコーヒーをすすってました。それを、聞こえよがしに。その後、店主はカウンターに座る、アーティスト然とした女性と話しこんでいました。私はなんとなくがっかりして、その場を後にしました。確かにバンサンは有名で、その原画はすばらしいものがあって、じっくりと畏怖をもって眺めるのが、「らしい」のかも知れない。でも子供達はそんなこと関係ないじゃん!その子供たちに向けたメッセージの絵本はそんな「威厳」とかからもっとも遠いとこにあるのではと。そんな「大人」にはなりたくないと。


 こんな、苦い思いもありますが、それを超えてやっぱりバンサンです。誕生日を迎える子供たちや、クリスマスにお勧めです。


ハッピーバースデイ!そして、ちょっと早いけどメリークリスマス!と。




ガブリエル バンサン

アンジュール―ある犬の物語

ミステリ2篇を読んだ。2篇とも怖いです。日常生活でフト感じる悪意。それは例えば駅で人にぶつかったときのような、車の運転中に強引な車線変更に憮然とするような。そんな悪意が澱のように心にたまり、行動を伴って憤然したら。これは怖いです。


 永井するみの『ダブル』は人前でいちゃつく「デブでブス」の女や、会社人間の小男が、人から疎ましく思われるような人が不思議な死を遂げ、その背後には連続殺人の疑惑が持ち上がります、謎解きは辣腕な女性雑誌記者。犯人は意外や意外。被害者と犯人の対比がより、人々の悪意を浮かび上がらせます。 


 宮部みゆきの『名もなき毒』も人々が持つ妬みや、ちょっとっした自己保身が、牙をむきます。ささいな「毒」が人々を暗然と黒黒く塗りこめてゆきます。「この世の解毒剤」となって「毒」に立ち向かう、私立探偵は萎えるように亡くなってしますのですが ......


 2篇ともに、些細な悪意が膨らんでゆく様は日常に潜む「しみ」のような、ホントちょっとしたことが黒々と壁を塗りこめるように、広がってゆきます。うーん、いらいらすることの多い日々。身近なひとだけにでも誠実でありたいと考えさせられました。反省!




永井 するみ

ダブル




宮部 みゆき

名もなき毒