昨日は、上社の前宮、本宮を巡った。
今日は、下社の秋宮、春宮をまわる。
まずは、秋宮。
ここは江戸時代の甲州街道と中山道の分岐点だった。
これは、根入りの杉。
この杉の木は樹齢凡六~七百年、丑三時になると
枝先を下げて寝入りいびきが聞こえ、子供に
木の小枝を煎じて飲ませると夜泣きが止まるといわれている。
この諏訪大社の四社は、諏訪湖にいる龍神様を拝むように
拝殿の方角が向いているそうだ。
そして諏訪湖を中心とした、四社自身が御柱の役割も
しているのだろう。
秋宮の御神体は、イチイの木。(奥にあり、見えない)
諏訪大社の神紋は「根梶」あるいは「根あり梶」と称され、
三本梶に太い根が大地に食い込んでいる独特なデザインの
梶の紋だ。
縄文時代の衣類の繊維には梶の木の繊維が使われていた。
その後は、紙の材料にもなった。
そして、上社では根が四本、下社は五本となっていると
前もって聞いていたので確かめると、本当にこちらは
五本となっていた。
四本の根が基本らしいのだが、上社と下社を分けるため
戦国時代の後、下社に五本の根が出るようになったそうだ。
御祭神は、タケミナカタノカミとヤサカトメノカミ。
なぜ、春宮と秋宮に分かれているのかというと、
ずばり春分と秋分である。
春に山の神が降りて農耕を見守り、秋に山に登り
山の神とともに登場するという。
下社の手水舎の龍は、メスだそうだけど、どう見える?
確かに上社より、優しそうな顔してるかも…。
秋宮を出ると、専女の欅(町指定天然記念物)があった。
裏に回ると、びっくり!
人が入れるくらいの、空洞がある。
そりゃ、天然記念物だよね。
次は四社、最後の春宮。
入ると石畳が続いていた。
この石畳にはハートの形のした石が組み込まれていて
それを見つけてタッチすると、「その先幸せになる」そうだ。
こんな楽しい仕掛けが、本宮には15か所、秋宮には2か所
春宮には1か所、前宮には2か所あるそうだ。
昔の人にとって、テーマパークだったんでしょうね。
境内にはミニ木落とし坂があった。
このような谷底神社は、物部に関わる神社で、この形式が
多いとのこと。
御柱の意味を動画の中で語っていた。それをまとめると…。
一の柱は一番太くて長い。ここが夏至。二の柱が秋分。
三の柱が冬至。四の柱が春分。つまり、渦を作り出している。
神様がここにこもった後、太陽からのエネルギーをもらう。
夏至線の方向に一の御柱を立てる。
太い柱で太陽の光をやわらげて、神様に届ける。
一の柱から四の柱まで短く細くしているのは、
太陽からの斜角となっているそうだ。
なんだか、深い意味がありますなぁ~。
神社に植える木についても語っていた。
①ヒノキ → 炎の火と、太陽の日でヒノキ
②スギ → 災難を過ぎるのスギ
③ケヤキ → 穢れを焼くのケヤキ
木の名前からも、いろんなことがわかります。
春宮を出たら、浮島社へ。
ここは縄文時代の春宮だそうだ。
この浮島は縄文時代の港。黒曜石を運ぶ船の港。
いかだから泥船へ、乗せかえられる。
ここを管理していたのは、女性(弁天様)。
昔々は、黒曜石を掘っていたのは、女性だった。
何故なら、男性は山で狩りをしていたので、男性こそが
血の穢れがあったのだ。
女性は清浄(せいじょう・清らかで穢れのないこと)
だったので、黒曜石のある山に登れた。
それを聞いて、「やっぱり、そうだと思った。」と
動画の中の女性は言っていた。私も同感だ。
仏教概念が入ってきてから、その考えが逆転したのだ。
女性が穢れているという理由でいろいろなものから、
排除するような考え方は、昔には存在しなかった。
捻じ曲げたのは、一部の男性たちだったのだろう。
黒曜石は再生能力がある。
島の先端に立ってみると、冷たい風が吹いていて
とっても気持ちが良かった。
ここは山からの黒曜石の成分を含んだ水が諏訪湖に
流れ込む入り口である。
1182年に源頼朝が弁財天を江ノ島に勧請(かんじょう)
したのは、諏訪からだった。
(勧請とは、離れた場所にいる神仏に対して、こちらへ
来てくれるよう祈り願う事。本祀の社に祀られている神の
分霊を迎えて、新しく設けた分祀の社殿に迎え入れて祀る事。)
浮島の中の灯台はこの灯篭。
目指す方角が石には刻まれていた。
秋葉山大権現、熊野三社大権現。
この灯台の周りにも御柱が立てられている。
なぜなら、この灯台自身が諏訪大明神という、神社なのだ。
この手前には、日本の鳥居の原型といえる、ふたつの木に
縄を渡しただけの、鳥居があった。
御柱となる木は、モミの木である。
このモミの木は山から切り出すのだが、生えているところは
ご神域となり、一般の人は入れなくなる。
それを利用して、上社は「鉄」を隠し、下社は「黒曜石」を
隠していたのだ。
つまり、神様の木を植えれば、神域となり大きな資源を
守ることができる。それが、御柱を植える意味でもあったのだ。
万治の石仏にも行きました。
もちろん3回、回らせていただきました。
下馬橋にも行った。
これにて諏訪大社の旅は終わり。
でも時間が余っていたので、YouTubeを見て
行こうと決めていた先宮神社(さきのみや)に行った。
この神社を背にして、どっちを向いてるか調べたら…。
諏訪湖を見てるね。
ここの神様が境内から外へ出てはいけないということで
神社のところに入る境には、橋がかかってなかった。
最後は手長神社に行った。
この神社を背にして、どっちを向いてるか調べたら…。
やっぱり、諏訪湖の方を見ていた。
高島城の鬼門に位置する、回廊が素晴らしかった。
これで今回の旅は終了と気を抜いていたら、
夫の母が足を怪我してしまった。
旅先で救急外来に行くという、なんとも不幸な目に
あってしまった。
いろいろと印象に残る旅となったが、事前に調べて
そこの歴史を楽しむ旅行は実に楽しいと実感した。
また行きたいなぁ~!















































































































































