アクエリアス

アクエリアス

命短し、恋せよ、君よ。

ホテルアートシティでゆっくり寝た後は、おいしい朝食。理想的な日本の朝食。焼魚に納豆、生卵、のり、白米、温かい汁物。なんだか、とっても幸せな気分になる。

 

岩手を横断して盛岡に着いて、レンタカーを返し、お昼を買って、新幹線に乗った。

あぁ、旅が終わってしまう。また、次なる楽しみを見つけて生きていかねば。

 

最後に旅の行程のおさらい。

 

7月25日(土) 盛岡 『住吉神社』『盛岡八幡宮』『岩手銀行赤レンガ館』『櫻山神社』

 

7月26日(日) 岩手から青森 『大湯環状列石』『奥入瀬渓谷』『三内丸山遺跡』『ねぶたの家、ワ・ラッセ』

 

7月27日(月) 恐山 『恐山宿坊』

 

7月28日(火) 『蕪島神社』『龍泉洞』 宮古へ

 

7月29日(水) 帰還

 

長い旅だったが終わってしまうと、あっという間だった。

楽しかったー!また、行くど~!!

 

恐山での朝は、お勤めがあった。

 

 

でも、私たちがお経を唱えるとか、何かをしなければいけないというのは無い。お坊さんたちがお経を唱えている間、じっと聞いて、ご焼香をする感じだ。宿泊者の名前を呼んでいたから、ご祈祷をしてくれたのだろうと勝手に思っている。その時、宿泊者名簿の代表者だけが名前で呼ばれ、他の連れは「その他」と言われていた。私が申し込んだから、私の名前は呼ばれたが夫は「その他」だった。後から夫が「俺はその他かー。」とぼやいていた。ここでも、もちろん椅子は使えるのでありがたい。そう思って椅子に座って少し後ろの方に座ったら、前に来た外国人の方たちが正座をしていた。気まずい感じだが、しかたがない。右ひざが90度以下に曲げられないのだから。

 

朝のお勤めも終わり、朝ごはんとなった。五観の偈を唱え、いただいた。満腹になり、ゆっくりしたかったが今日はドライブが長いので、早めに宿を出た。

 

 

お守りや可愛いお地蔵さんを買って、恐山をあとにした。ただ気になるのは、頭が痛いということだった。私は脳動脈瘤のコイル手術を2回しているから、頭が痛くなることがたまにある。皆さんが経験しているような頭の痛さではなく、頭の中の圧が強くなるような痛み。いっぱい、いっぱいになるという感じでしょうか。今回もそんな痛みだったので、怖くなってしまう。ガスのせいなのか?疲れのせいなのか?でも、まだ頭痛薬で抑えられるので、薬を飲んで旅を続けた。

 

『蕪島神社』

 

恐山から太平洋側を南下して、海沿いをドライブして蕪島神社に行った。

 

 

 

ウミネコで有名な神社だ。なぜ、ここを知ったかというと「あいたの」さんたちが行っていたので、ぜひ訪れたいと思っていた。

 

 

 

(フン除け用の傘を借ります)

 

(手すりと並行して止まるところがあるので、お迎えされてる感じ)

 

 

 

 

 

 

 

 

(飾りのように整然と並んでいる、ウミネコたち)

 

 

(「私の方が上だから」と言いたそうなウミネコ)

 

 

(しめ縄に器用にとまるウミネコ)

 

 

 

 

(すごい数のウミネコ…)

 

ウミネコたちの鳴き声は想像以上ですごかった。そして一羽が激しく鳴くと、それを合図に周りのウミネコたちも一斉に鳴くので『どうした?』と思った。私たち人間は敵ではないのに…。あまりにも鳴くので、私と夫も「ニャーニャー!!」と鳴いたら、『おまえらがどうした?』という目をしていた。

 

中には茶色い鳥もいて調べたら、ヒナだった。でも、もう大きくなりすぎて、大人のウミネコと変わらない。ヒナが親鳥についてまわっていて『えさ、くれ!えさ、くれ!』と言っているようだった。そして親鳥の方は『自分で探せ、ボケ!もう、捕れるやろ!』と言い返すようにヒナに向かって鳴いていた。独り立ちのできない者はどの世界にもいるもんだ。

 

ウミネコおみくじも買い、ご記帳もして、ウミネコたちとの楽しい交流もしたのでドライブへと戻った。

 

南下している途中で、おいしそうな食堂を見つけたので入った。

 

 

いくら丼に海鮮ラーメン。めちゃくちゃ、うまかったです。そして驚いたことに、恐山でご一緒になった外国人の8名くらいのグループがその店に来た。恐山から、だいぶ離れた所。こんなご縁もあるんですね~。

 

『龍泉洞』

 

 

洞窟好きな私は、全国の行きたい洞窟を12個リストにしている。その中の一つの龍泉洞。岩手に行くなら絶対行きたかったので、念願の洞窟。しかも平日の夕方だったので、人もまばらだった。

 

美しい。神秘的。写真を撮りまくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして不思議なことに頭の痛さもなくなっていた。薬が効いたのか、気温なのか、空気なのか、分からないが洞窟はやはり、私に合っている。大満足で出た後、向かい側に新洞があったのでそこも入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洞窟巡りを堪能した後は、この旅最後の宿、宮古にある「ホテルアートシティ」に向かった。  

 

 

このお宿は2011年の震災の時、津波にあったホテルだった。

 

 

 

(窓から港を見た景色)

 

 

高い防波堤があった。ここも津波で大変だったよね。今は復活して営業しているからよかった。これからも多くの人に利用してもらいたい。ここの夕ご飯は本当に美味しくて、最高だった。夫も酔っぱらいながら、「今回、いろんなところでごちそうを食べてきたけど、この旅で一番うまい!!」と嬉しそうに食べていた。そして、2食ついているのにお安い。このお値段で大丈夫なのかなと心配するレベル。お風呂もゆっくり入って、眠りについた。明日はいよいよ、帰還の日だ。楽しい時は、本当にあっという間。夢のような時間だったなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青森のホテルを出た私たちは、途中の漁港や海を楽しみながら、恐山へと向かった。

 

 

 

 

 

 

恐山に行く手前で、禊のような水の出ているところがあった。

車から降りようとしたら、デカい蜂が車の周りを飛んでいるのに気付いた。しばらく車の中で待ってから出ようと待機していたが、一向にいなくならない。むしろ、『ドアを開けたら、刺してやるからな!』と言わんばかりに、私たちのほうに向かって来る。そして、私のドア側のガラスに突進してきて「バチッ」という音までした。それで私の恐怖は限界に達し、

 

「私はここで降りたくない!」

 

と、叫んだ。夫は降りて、水に触れたいようだったが、あまりにも私が嫌がったため降りるのをやめた。(写真はガラス越しに撮ってます。)

 

 

この蜂の真意は、『恐山に行くな!』ということだろうか?

でも、宿坊を予約しているから行くしかない。さすがに恐山までは蜂もついてこれないだろう、と車をだした。

 

『恐山宿坊、吉祥閣』

 

ふたりとも、はじめての恐山。イタコが来る夏の大祭は7月24日で終わっている。それを外したから、宿坊も取れたのだろう。今日は曇りで、やはり荒涼とした感じ。

 

 

 

 

宿坊に泊まるので、夕方の時間、ゆっくりと見ることができた。他の観光客の方はまばらだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさに地獄極楽という感じだ。いたるところで亜硫酸ガスが噴き出ているので、草もなければ、鳥の声もしない。動物も見かけないし、虫もほんのわずかだ。本当は人間も、いてはいけないところかもしれない。

 

昔、関東のあるお寺の宿坊に泊まった時、霊たちと出会ってしまった。金縛りにもあったし。(詳しい話は、このブログ内の「初めての宿坊にて。2009.12.5」に載っている。)また、恐山の宿坊でも、会うのかな?と思っているが、ここの宿坊は近代的でホテルのようだ。だから、出ないような気がする。

 

食事の時間はみんな一斉に食べるので遅れてはいけないとの事。夕食までの時間が短かったからお風呂は夕食後にしようと部屋で休んでいた。夫は食べる前に風呂に入りたかったようで

 

「俺は入ってくるよ。」

「私はここで休んでいるから、カギを持ってっていいよ。」

「いや、ここの風呂場はカギのかからないロッカーだから、俺が部屋に帰ってきたとき、開けてくれればいいよ。」

「うん、わかった。」

 

そう言って夫は風呂場に向かった。

私は布団に寝ころびながら、スマホを見ようとした。ところがここは、いっさい電波が入らない。スマホもダメ、テレビも無い。あとは、そこに置いてある本を読むしかない。

 

 

 

少し読もうと寝ころんでいたら、激しい睡魔に襲われた。

何分かした後、自然にハッと目が覚めた。そして時計を見ると夕食の10分前。

 

「え~!!寝ちゃった~!あっ、夫が風呂から帰ってない!」

 

と、部屋のドアを開けて廊下に飛び出した途端、廊下にいた夫が…

 

「やっと、開いたよ~。俺、風呂から帰ってきて、何度もドアをノックしたけど全然出てこなくてさー、行ったり来たりして待ってたんだよ。最悪、出てこなかったら、受付の人に『妻が爆睡してるようで、締め出された』って言って、合鍵をもらうところだったよ~」

「まじ、ごめんなさい。寝ちゃってた。本当にごめんね。やっぱり、カギを持っていけばよかったね。」

「そうだな。今度からはそうするよ。っていうか、俺のノックの音や声は聞こえなかったの?」

「うん、全然聞こえなかった…。」

「…。それにしても、夕食前によく起きたな。あっ、もう5分前じゃないか!行くぞ!」

 

私は腹時計で起きたのだろうか?それとも、霊たちが起こしたのだろうか?まぁ、とにかく夕食に間に合ってよかった。

 

夕食を食べた後、説法があるとのことで、地蔵殿に向かった。お話が面白くて、興味津々で聞いていた。どうやら先程の部屋にあった本の著者らしい。私たちにもわかりやすい言葉とおもしろい話で恐山の事や、仏教の事、イタコの事などよく理解できた。私は膝が痛かったので、椅子を使えるのは本当にありがたかった。外国人旅行者の影響だろうか。とにかく、正座のできない私にとっては救いだ。楽しい説法も終わり、部屋に戻った後、私はお風呂に入りに行った。広~いお風呂に私ひとり。少し人と出会ったが、すぐに出ていったのでほとんど貸し切り状態だった。本物の温泉だったので、60を数えて出るようにした。なぜなら、私は脳の病気をしていたので、長い時間、湯船に入ると、危ない気がしたのだ。気持ちよく風呂を出た後、お水を買い部屋に戻った。お酒もテレビもなく、スマホも見れない状態なので、ふたりとも早々に眠りについた。その晩は疲れで爆睡し、金縛りにも霊にもあわなかった。あのお坊さんも「ここには霊はいないと思う。何年もいるけど、会ったことがない。」と言っていた。霊たちも亜硫酸ガスが嫌いなのだろう。

 

この宿坊に着く前に少し情報を入れておこうと、行った人の体験談ブログを読んでいた。その中で、おもしろいブログがあり、その体験談と私の今回の心情がほぼ一緒だったので、ぜひこちらのブログを読んでほしい。これから恐山宿坊に行く方はぜひ!笑えます。

 

(「爆走アカネ」恐山)です。

 

 

 

 

 

2日目はレンタカーを朝、借りて奥入瀬渓谷の方面へ向かった。

 

『大湯環状列石』

 

 

奥入瀬に行く前に、大湯環状列石に寄った。東北は縄文時代の遺跡がたくさんある。

縄文時代は南の方から東北に来た人たちも多かったのではないだろうか?

なぜなら、紀元前5300年に南九州は鬼界カルデラによるアカホヤ噴火が起き、南九州の成熟した縄文文化を一時的に壊滅させたからだ。

 

 

 

 

石による日時計があったりして、私たちが昔考えていたような縄文人のイメージとは違い、知的でとても平和的な人々だったんだろうなぁ。

 

『奥入瀬渓谷』

 

十和田湖まで車で行き、そこの無料駐車場に車を停め、バスで下って途中から渓谷を歩こうと算段を練った。

 

 

なので、先にお昼をとった方がいいだろうということで、十和田湖のお店で蕎麦をいただいた。

 

 

 

汁もそばも本当においしくて大満足のふたりだった。ただ、その後地獄をみるとは、思いもしなかった…。

 

バスに乗り込む前にトイレもすまし、万全の態勢で臨んだ。

バスで十和田湖から銚子大滝まで行った。銚子大滝からは、いよいよ奥入瀬渓谷を徒歩で登っていく。登るといっても、なだらかな道ではあった。

 

 

 

 

はじめのうちは、調子よく歩いていた。気温もちょうどよく快適だ。だが、少しずつお腹に違和感が出てきた。先程、食べた満腹の腹にウエストポーチの締め付けと重さが加わり、歩いた刺激により、もよおしてしまったのだ。夫が、

「いやぁ~、いいねぇ~、渓谷の自然はー。」

と、のんびりしているところで、私は…

「トイレに行きたくなった…ヤバい…ヤバい…」

「えっ!!」

 

そして、私は夫を振り返らずに、一心に前へ進んだ。トイレはこの区間の渓谷にはない。十和田湖に戻って、するしかないのだ。私だって、この渓谷の自然を堪能しながら、のんびりゆっくりと進みたい。だが、漏らすわけにはいかない。

 

 

 

 

 

きっと私は鬼の形相で歩いていたに違いない。ありったけの力を振り絞り、十和田湖へと進んだ。目の前に十和田湖が現れた時は他の方とは違う、達成感と安堵感につつまれた。

 

「間に合った~。」

 

渓谷どころではなかった。自分の腹との闘いだった。私は今後、トイレの無い所の自然を歩くのは無理かもしれないと悟った。夫には悪いことをしたなぁ。

 

十和田湖の湖畔を散歩していたら、トンボの整列を見つけた。

 

 

 

机の色と同化していて、わかりにくいが何匹も一定方向を向いて止まっているのだ。飛行場のようである。人間が近づいても逃げることはなかった。

 

 

 

やはり、私はトイレにいつでも入れる環境下でないと、観光がのんびりとできないらしい。十和田湖はのんびりできました。

 

『三内丸山遺跡』

 

 

十和田湖を出た後は青森方面へ向かい、三内丸山遺跡に行った。ここも縄文時代の遺跡でかなり大きい。そして復元した建物がたくさんある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一部、建物内に入れるのでとっても楽しい。資料館も凄くて本当によかった。そして、なんと、この日は入場が無料だった。本来は一人500円かかるところが、無料だったのでありがたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

いやぁ~、出土品の数が半端なかったんだろうなぁ。紀元前3900年ごろから、紀元前2200年くらいまでのものらしいです。それにしても、これだけの膨大な数のかけらを合わせていくのは至難の業ですよね。土偶が、両性具有な感じなのと、口を大きく開けているのが、個人的には気になりました。縄文土器を制作するほどの技術を持っていながら、人間をリアルに表現しなかったのには、何か意味があるんでしょうね。リアルに作ると魂が宿ってしまうとか、自分の魂を持っていかれるとか、悪いことが起こるから、わざとそうしたのかな?縄文時代は不思議なことがいっぱいです。

 

『ねぶたの家、ワ・ラッセ』

 

 

青森のホテルに着き荷物を置いて、徒歩で青森の街に繰り出した。ねぶたの家があともう少しで終わるという夕方の時間に入ったので、とても空いていた。ここではねぶた祭りに出る大型のねぶたが展示されていた。初めて見るねぶたに感動した二人だった。こんなに間近で見れることは、なかなか無いから来てよかった。今年のねぶたは8月の2日から7日。もうすぐではないか。これを、外したからホテルが取れたのだろう。でも、いつかはねぶた祭りに来てみたいねぇ~とふたりで話していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいものを見せていただきました。これは人々の芸術の結晶だ。短い時間だったが、その素晴らしさに見入ってしまった。

 

日も暮れてきて、夕食の時間となったので青森のお店に入った。

 

 

そこでは、美味しい魚料理と青森の伝統芸能のパフォーマンスをしてくれるお店だった。有名店のようで、入るまでに少し待った。待ってる間も津軽三味線の生音が聴こえてくる。楽しみ~!

 

 

 

 

津軽三味線の方の他に、大黒天の神様も出てきて打ち出の小づちで軽く叩いてもらった。こんなパフォーマンスは、観光客にとって本当にありがたいし、とっても楽しい。女性のお客が誘われて、みんなで「ラッセラー、ラッセラー、ラッセラッセラッセラー!」と歌いながら跳ね回った。私も参加して楽しみました。こういうサービスがとっても嬉しい!青森に行ったら、ぜひ行ってみてほしい。(青森港 海の食堂 大福丸)

 

青森の「青森ねぶた祭」の掛け声「ラッセラー」は、「ろうそくやお酒を出しなさい」という意味の津軽弁「出せ、出せ」が変化した言葉だそうです。

 

楽しい経験もでき、美味しい魚介類も食べ、大満足のふたりはホテルへ戻り、眠りについた。明日はいよいよ、恐山に入山だ~!

 

 

 

 

 

介護していた義母が施設に入った。

私と夫、ふたりとも、ここ4~5年、親の介護に明け暮れた日々だった。

やっと終わったことに、ホッとし、久々にふたりだけで4泊5日の旅行に行くことにした。

東北旅行は、2009年に岩手に行った事があり、それを覚えていたが今はだいぶ変わっただろう。

今回は盛岡まで一気に新幹線で行き、その後レンタカーを借りて青森も周ることにした。

久しぶりの長期の旅行に、ウキウキした気分のふたりだった。

 

新幹線の中では、おいしいお弁当をゆっくり食べることができた。やはり新幹線は、本当にありがたい。

盛岡に着くと荷物を盛岡市内のホテルに預け、盛岡を観光した。

 

『住吉神社』

 

 

まずは盛岡八幡宮に行こうとしたが、途中にも神社があったので寄ることにした。

大きな木があった。自分の住んでいる所の神社より、何もかもが規模がでかいと感じた。

 

 

 

 

 

 

お参りした時、雅楽が聴こえてきて周りを見渡したらスピーカーから聴こえてきた。夫が言うには、「少しポップな雅楽だ」と言っていた。

 

『盛岡八幡宮』

 

 

次は目的にしていた盛岡八幡宮に行った。とても敷地が広い。

ここでは流鏑馬も行われるとの事。

東北まで来れば、涼しいだろうと思っていたがやはり暑い。

東京ほどではないが、蒸し暑さは変わらない。ただ曇りだったのが幸いした。カンカン照りだったら、辛い観光になっていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

隣には稲荷神社もあった。神仏習合ですな。

 

 

よく歳で占うものがあったので写真を撮ってきた。

 

 

あれ?何だか、あまり良くない年らしい。まぁ、夫との相性はバッチリだったから良しとしよう。

 

 

『岩手銀行赤レンガ館』

 

 

お次は岩手銀行。以前にも来たような気がするが17年も前だから覚えていない。また新鮮な気分で観光した。

ひとつ、ひとつの細工が芸術的で素晴らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現代の銀行は機能重視で、デザイン性も何もない。昔はお金もあるし、いろんな意味で余裕があったのかもね。いやぁ~、いいものはいつまでも残っていてほしいものです。

 

『櫻山神社』

 

 

盛岡城公園内にある櫻山神社。

 

 

 

そこには烏帽子岩もあった。

 

 

 

 

(こちらは亀岩)

 

 

(手前が亀岩、奥が烏帽子岩)

 

大きな岩は昔から信仰のシンボルだったんだなぁ。

 

以上で1日目の観光は終わり。ホテルに戻り少し休んでから夕食を食べるために、ある焼き肉店に向かった。

ここは17年前、何も知らずに入り、冷麺と焼き肉を頼んだ。その時、冷麺のスープがあまりにも、美味しくて二人で感動したことを覚えていた。それ以来、ここよりおいしい冷麺に出会っていなかった。だから今回、また岩手に来てそのお店の冷麺を食べることを楽しみにしていたのだ。あれから17年経って、お店の内装もだいぶ変わっていた、今や人気店で並ぶほどだった。30分くらい並んで入ることができた。当然、冷麺と焼き肉を頼んだ。感想は…。17年前のあの味の感動は、はっきり言ってなかった。私たちの舌が肥えてしまったのだろうか?それとも味が落ちたのだろうか?値段の割に、それほどの感動がなかったため、少しがっかりしたふたりだった。

 

明日からはレンタカーを借りて、東北を巡る旅に出る。

英気を養うため、早々に眠りについた。