ハザマランド -9ページ目

香る男

「いい香りねぇ」
 珍しく下校時間の重なった帰り道で姉貴が言った。
「どこかの庭に植わってるのかな。脩ちゃんわかる?」
「ちゃん付けは止めろよ」
「あっちぽいね。香りが濃いもの」
 西日の眩しい塀の上に団子っ鼻が向けられる。
「聞いてねぇし」
 脩一は
少し口を尖らせて、西日に顔を顰めた。
「金木犀なんてこの時期ならどこでも嗅げるだろ。理科の先生が言ってたけど、あれって日本に生えてんのはほとんど男の木なんだってさ。そんなんがこぞって甘い匂いをばら撒いてんだ。想像するといい感じはしないよな」
「だから香水付けるの止めたんだ」
「アッ?」
「
私も男子中学生の香水はいただけないと思う。でも、一緒にするのはどうかな? 金木犀は金木犀としてあるだけだし、そこにあえて人間のイメージを乗せるなら身になるものにした方が絶対いいよ。植物なだけにね。実になるものをね」
 鼻の穴の膨らんだ顔で見られる。漫画だったらムフーと
鼻息の擬音がつきそうだ。
「わかったからドヤ顔止めろ」
「理想を言うなら、押しの強さがありつつも漂うことを忘れないってところかなぁ」
「それって男の話? 香りの話?」
「どっちでしょう?」
 微笑む姉貴の不意を打とうと彼氏の名前を出してみた。
「土屋さんは香る男って感じじゃないよな。ラガーマンだし」
「浅はかだよ。脩ちゃん。男の子って感じだね」
 微笑みは崩れない。
「ちゃん付けは止めろって」
「女はね。嗅覚が高じると、
肌で気配を嗅げちゃうんだな。世間ではそれを恋と呼ぶ」
「馬鹿言ってら。だからドヤ顔止めろ」
 堪らず吹き出して、脩一は十月の高く抜けた空を仰いだ。
 実の姉ながら謎の女だ。いや、女が謎なんだ。それを認めて男はようやく同じ舞台に立てるんだろう。
「あっ、脩ちゃん。いまちょっと香ったね」
 ちゃん付けはもう少し許していいかもしれない。


彼岸に斜光





其の域

『砂の女』を読む。
 難しいが解りたくて繰り返す。

化粧

 化ける。
 粧う。
 艶やかに。

























黙祷

 2012年3月11日。盛りを終えた白梅を温い雨が濡らしている。一年は短かったのか、長かったのか。雨脚は細く、糸のように胸を縫う。

温もる白

 いつもより早く目が覚めた。
 少し、暖かい。
 庭に出る。
 白梅が数輪開いていた。
 寄り添う。
 仄かに香った。
 もうすぐです。
 もうすぐか。
 もうすぐです。
 梅との会話を夢想する。
 今朝は少し、暖かい。




神様の目線

 賽銭箱の前で半回転。
 神様気分で言ってみる。
「あんたら、幸せになんなよ。見れて見られての仲になろうじゃないか」
 


皆既

 クレーターの窪みまで撮れた気がした緋色の夜。




こちらの秋はまだ深いです

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 そちらはいかがですか。


秋風、秋空、秋桜

 半袖だと肌寒く、コートを羽織ると汗が出る。
 忙しい気温。過ごしやすい季節が逆になっている。
 嫌だなと思った。思うだけでは足りなくて、はっきりと口にした。
「こんな秋は嫌だ」
 言葉の先は朧げで、自分とか、人類とか、環境とか、それらしきものが浮かんで消える。はっきりしない靄【もや】は広がって、形にした思いまでも飲み込んだ。
 薄れる。
 ぼやける。
 秋も春も短くなったなと、他人ごとのような心持ちになる。
 嫌なのに、短くなってなど欲しくはないのに。
 私は河原にでかけた。
 日はまだ高く暖かい。夜までならTシャツで十分だろう。たぶん。
 窓を全開にして、町外れまで車を走らせる。田んぼ、田んぼ、畑、田んぼ、田んぼ、田んぼ。黄金【こがね】の稲穂が眩しい。
「着いた」
 短い橋のたもとからコスモスを植えた人がいる。顔も知らない、名前も知らない人。もしくは人達。
 彼らは靄に飲まれていない。
 秋が秋としてあるように強く思える人達。
 コスモスは百メートルほど咲き乱れていた。
 薄紅【うすべに】、鴇色【ときいろ】、躑躅色【つつじいろ】、臙脂【えんじ】、蘇芳【すおう】、濃紅【こいくれない】。
 草木染めの世界へ飛び込んだのは三十路直前。

 必死に覚えた和色は、見た目も、呼び名も、美しい。四季がある。
 観光として植えられたものを摘み取るわけにはいかない。
 私は撮った。靄を出ようと撮りまくった。
 涼やかな秋風が吹き抜ける。
 澄んだ秋空が抜けている。
 ふと疑問が湧いた。
 コスモスの花言葉はなんだろう。
 帰宅してさっそく調べた。
「アハッ」
 辞書を開いたまま笑って、ほんの少し泣いた。
 コスモスはいい香りだったが、花言葉はくさかった。
(愛と人生における喜び)なんて。




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