エジプトの道路交通-信号機とバンプ | ぶらり旅S

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戦後すぐの生まれ。灌漑、水資源、農業、発展途上国への技術協力などを中心に、大学で研究、教育をしてきて、現役を退きました。研究の周辺で、これまで経験したこと、考えたことを、今考えていることも含めて書いてみたい。

 エジプトの道路交通は日本とはずいぶん違っている。人口が1000万人を超えるカイロ(周辺都市を含む)の市内に、ほとんど交通信号がないのである。あんな大都会で信号なしにどうやって交通が成り立つのか。

 エジプトでは、車が右側通行で、日本と反対だ。それでまず、どの交差点でも常時右折可なのがおもしろい(日本で言えば、どんな交差点でも常時左折可ということ)。ところが反対に、どの交差点でも左折はさせない。そもそも、道路は交差点を含めて、ほとんど必ず中央分離帯が設けられているので曲がれない。交差点で左方向に行きたいときは、交差点を通り過ぎたあとUターンして戻ってきて右折するのである。Uターンの施設は結構たくさん作られている。この方式は色々な国でよく採用されているようで、通行の右側左側という違いはあるがタイ国で経験された方も多いのではないかと思う。

 

(対面交通の道路には中央分離帯がある)

 

 信号機はたまに見かけることがある。しかし、そこにはほとんど常に警察官が数名立っていて、実質的にはその警察官の指示で車が動いている。どうやら、警察官がいないと信号が守られないようだ。重要なT字路や、左折を許さなくてはいけない重要な十字路では警察官が手信号で裁いていて、運転手はその指示には極めて従順に従う。車の流れをみながらやっているので、時間の切り替えは必ずしも一定しない。停められている時間が長くなると、運転手が、「いい加減もう行かしてよ」とばかりにエンジンをふかして突っ込み加減になったり、後ろの方で,クラクションを鳴らしたりするが、警察官はそんなことで慌てる様子は一向に見えない。絶対的な権限をもっている風である。

 

 

(警察官の止まれのサイン、ギザ動物園前のT字路)

 

 ヨーロッパ風の街作りになっているカイロでは、街の広場から放射状に道路が伸びているところも多い。そのような広場ではロータリー(ラウンドアバウト)が作られている。その真ん中には立派な銅像が建っていたり、芝生が植えてあったりする。でも、交通量が多いとロータリーに入ってくる車と出ようとする車が交差して大混乱になる。そんなところでは多くの場合、警察官を配置して、入る車を順番に止めている。

 

(カイロ市内最大のロータリー、タハリール広場。7本の道路が出入りする。)

 

 確かにこのようにすれば、信号なしに自動車交通は裁けるかも知れない。ところがこれだけで済まないのが道路横断者の処理である。エジプトには歩行者優先という考えは定着していない。横断歩道というものを見たことはあるが、すべて、ペイントが消えかかっている。私の経験では、分別・教養のある非常におとなしい人(たとえば研究者)でも、渋滞の中で道路を横切っている女性達を遮って前に突っ込んで行くのに躊躇がない。乗っているこちらが恐縮してしまう。足がおぼつかなくなったお年寄りが渋滞の車の間を、杖を振り上げ、「渡っているぞ」とアピールしながら渡る姿は痛々しい。

 そして、広い通りで、すごいスピードで次から次へとやってくる自動車の間を横断するのは命がけである。初めてカイロでタクシーに乗ったとき、横断しようとして道路の真ん中に立ち止まっている人が、身投げ自殺でもするかのように、高速度のタクシーに上体から飛び込んでくるように見えるので,そのたびにハッとしたものである。タクシーが通り過ぎた直ぐ背後を抜けて渡らないと次の車に間に合わないのだ。子供達は、成長とともにこの方法を習得していくのだろう。

 一方で、歩行者もなかなか強い。細い道を歩いている時、後ろから大きなクラクションが突然鳴らされると日本人はびっくりしてまずは後ろを振り返り、横に寄って車を通してあげようとする。しかし、そんな時にエジプト人が後ろを振り返ることはない。何事もなかったようにそのまま歩きつづけながら、自然にすーっと道を空ける。友達同士でおしゃべりをして歩いているグループでも全員がそのような行動を取るのは見事である。恐縮するという言葉がないかのようだ。

 カイロからタンタを通ってアレキサンドリアに抜ける道路も、一級の幹線道路であるにも関わらず信号がない。この道路では車が時速100 km程で抜きつ抜かれつのカーレース状態であるから、かなりのエジプト人ででもない限り横断はとても無理である。一方、街や農地はこの道路で二つに分断されているので、道路を横断する人は多い。人のほか、トラクターやロバに牽引された牧草満載のリヤカーなどが、高い中央分離壁にあけられた隙間を通って横断する。そんな横断箇所の直前には、幹線道路にバンプ(速度抑制用のこぶ。ハンプとも言う。)が設けられていることが多い。その高さはしばしば30 cmもあるのではないかと思われるほどで、運転手はほとんど止まるくらいまで車の速度を落とさざるを得ない。みんな車の下を擦らないように、斜めに入ったりして、恐る恐る通っている。

 このバンプが歩行者などを守る信号の代わりになる。信号との違いは、器械や電気が要らないことと、バンプではすべての車が、横断者がいてもいなくても必ずスピードを落とさなくてはいけないことである。横断者を守るための実力行使といったところだろうか。

 

(バンプは、通常の舗装をした後、その上に、アスファルトを盛り上げて作るようだ。遠くから見ると何処がバンプかなかなか分からない。)

 

 エジプトの運転手は、発進時にエンジンをふかすことが多い。すぐ次ぎにバンプがあっても何故か突っ込んで行く。バンプは結構燃費を低下させているのではないだろうかと思う。それに、エジプトではバンプがあることを示す標識がほとんどないので、目ざとく前方のバンプを見つけることができる熟練の運転手でも、時たま、直前まで気付かず、急ブレーキを掛けたり、スピードを落としきれずそのまま突っ込んだりしてしまうことがある。エジプトに到着したばかりで時差ぼけが抜けていなくても、地方に行く乗用車の後部座席でおちおち居眠りをしていられないのがつらい。