ナイキの広告が炎上したというニュースを目にしました。「ランナー歓迎、歩く人は大目に見よう」というコピーが、市民ランナーたちの逆鱗に触れたようです。
 
サブ3、サブ4……。
数字が躍るスポーツ雑誌を読んでいると、ふと足を止めたくなりませんか。
「僕たちは一体、何のために歩き走るんだろう」と。
 
1970年代後半、アメリカで「ジョギング」が広まる前のこと。街中を走っていると、警察に「何か事件を起こして逃げているのか?」と呼び止められたそうです。目的もなく走るなんて、当時はそれほど異質なことでした。
 
では、なぜ人々は走り出したのか。
キーワードは、70年代の西海岸に吹いていた「フリーダム(自由)」という風だった気がするんです。
 
勝利より、自由。記録より、楽しさ。
そんな自己充足的な開放感を、彼らは「エアロビクスの歓び」と呼んだそうです。
 
ある日本人ランナーが、ホノルルマラソンに参加したときのエピソードです。
必死の形相で走る彼を見て、現地のランナーが不思議そうに尋ねました。「なぜそんなに必死なんだい?」
日本人が聞き返したそうです。「じゃあ、あなたは何のために参加しているの?」と。
すると、相手からはあまりにも自由な答えが返ってきました。
 
「風と戯れているだけさ」
 
いつもの日常や固定観念から一歩踏み出し、別の世界と繋がるための隙間。彼らはそれを「サードウィンドウ(第三の窓)」と呼びました。
 
昨日、私は夕暮れの道を歩いていました。
FM COCOLOから流れてくるのは、マーキー兄さんの声と、浜田省吾の「風を感じて」。
 
それだけで、歩く理由は十分だと思いませんか。
 

 

 

 

先日、ふと流れてきたショート動画に目が釘付けになりました。
 
紹介されていたのは、京都の山里から都へ薪(まき)を運んでいた「大原女(おおはらめ)」の歴史です。なんと30キロもの荷物を抱え、20キロの山道を歩いて売り歩いていたのだとか。
「そんな生活、信じられない……」
 
そう思って見ていたのですが、ふと、自分の子供の頃の風景を思い出しました。
 
当時、私は東京の上野と仙台を結ぶ「常磐線」の沿線に住んでいました。
そこでは、千葉や茨城の農家のおばさんたちが、巨大な荷物を背負って都内へ行商に行く姿が当たり前のように見られたんです。
 
電車が上野に近づくと、彼女たちは揺れる車内でよっこらしょと荷物を背負い直します。そして北千住や日暮里で、それぞれの目的地へと降りていく。
驚くのはその荷物の重さです。40〜60キロ、重いときには100キロ近いこともあったそうです。
 
特に昔の日暮里駅、常磐線から山手線に乗り換える階段はかなり急でした。あそこをあの重装備で登っていくなんて、今考えれば信じられない身体能力ですよね。
 
これ、最近のフィットネス界で注目されている「ラッキング(Rucking)」そのものじゃないですか。
 
ラッキングは、もともと軍隊の「ラック・マーチング」という訓練から生まれたワークアウト。
例えば、アメリカ海軍の特殊部隊「ネイビーシールズ」では、約45キロの装備を背負って16キロを歩く訓練があるそうです。
 
ということは、当時の行商のおばさんたちは、特殊部隊並みのフィジカルとメンタルを日常的に持っていたということでしょうか。
 
かつて日本の都のエネルギーや食卓は、こうした女性たちの強靭な足腰に支えられていました。
今、日本人がマラソンや競歩で世界トップレベルなのも、この歴史を知れば納得です。まさに「ワールドクラス」のDNAですね。

 

先日、FM COCOLOの「CIAO 765」を聴いていたら、マイケル・ジャクソンの伝記映画『Michael』が来月公開されるというニュースがありました。
 
マイケルといえば、代名詞はやはり「ムーンウォーク」。 まるで宇宙飛行士が月面を歩くかのような、重力を感じさせないあのステップは有名です。
 
しかし、現実の私たちは常に重力の影響下で生きています。 特に、自らの足で立って歩くとき、私たちはその重さを最もダイレクトに引き受けることになります。
 
ここで、人類にとっての「悪いニュース」と「良いニュース」があります。
 
まず、悪いニュースから。
 
約700万年前、私たちの先祖が後ろ足で立ち上がったその時から、人類は4足歩行が持っていた「3点支持による重力分散」「安定性」「強力な推進力」を失ってしまいました。
 
2足歩行では、動作の半分以上の時間が「片足(1点支持)」の状態です。その瞬間、私たちの体には体重の数倍もの衝撃が容赦なく襲いかかります。
 
そして、良いニュース
 
直立二足歩行を選んだ人類は、他の動物にはない最強の武器を手に入れました。それが「土踏まず」です。木に登るために足裏が平ら(偏平)なサルとは違い、人は独自の進化を遂げたのです。
 
歩行時、踵から着地した重心は、土踏まずが描く「三日月」のラインを迂回するように移動し、最後は親指の付け根(拇指球)へと抜けていきます。 この三日月のアーチが、バネのように伸縮して衝撃を吸収。それと同時に、失われたはずの推進力を力強く取り戻してくれます。
 
ムーンウォークのように軽やかに、そして力強く。 私たちの足裏に宿る「三日月」は、今日も重力と戦うための最高のメカニズムとして機能しているのです。