ナイキの広告が炎上したというニュースを目にしました。「ランナー歓迎、歩く人は大目に見よう」というコピーが、市民ランナーたちの逆鱗に触れたようです。
サブ3、サブ4……。
数字が躍るスポーツ雑誌を読んでいると、ふと足を止めたくなりませんか。
「僕たちは一体、何のために歩き走るんだろう」と。
1970年代後半、アメリカで「ジョギング」が広まる前のこと。街中を走っていると、警察に「何か事件を起こして逃げているのか?」と呼び止められたそうです。目的もなく走るなんて、当時はそれほど異質なことでした。
では、なぜ人々は走り出したのか。
キーワードは、70年代の西海岸に吹いていた「フリーダム(自由)」という風だった気がするんです。
勝利より、自由。記録より、楽しさ。
そんな自己充足的な開放感を、彼らは「エアロビクスの歓び」と呼んだそうです。
ある日本人ランナーが、ホノルルマラソンに参加したときのエピソードです。
必死の形相で走る彼を見て、現地のランナーが不思議そうに尋ねました。「なぜそんなに必死なんだい?」
日本人が聞き返したそうです。「じゃあ、あなたは何のために参加しているの?」と。
すると、相手からはあまりにも自由な答えが返ってきました。
「風と戯れているだけさ」
いつもの日常や固定観念から一歩踏み出し、別の世界と繋がるための隙間。彼らはそれを「サードウィンドウ(第三の窓)」と呼びました。
昨日、私は夕暮れの道を歩いていました。
FM COCOLOから流れてくるのは、マーキー兄さんの声と、浜田省吾の「風を感じて」。
それだけで、歩く理由は十分だと思いませんか。


