アクセルを更に踏み込む――60……70……80……90……そしてあっさりと速度100を突破する。エンジンが盛大に唸る。ヒトミが妙にそわそわし始めた。
「キョーコ?」
「なに?」
「なんかすごい怖いんやけど」
 110を突破。
 先ほどのワゴンRにあっさりと追いつき、追い越した。
 とても気持ちがいい。
「ていうか、このスピードはポリスに追われるんちゃうん?」
「110キロで走ってるけど」
「あかんやん!?」
 がつん、と踏み込んでブレーキング。
 タイヤがこすれる甲高い音と共に車体が一瞬斜めに傾いた。
 心臓がどきどきする。
「うわぁ!?」
「……滑った」
「急ブレーキしたらあかんて! 死ぬて!」
「だって」
 だって。なんなんだろう?
 急に、笑い出したくなった。アドレナリンが出ているのだろうか。
 どうやら、車というのは大きなミスをすると死ぬ物らしい。
 そんなのはテレビの中だけの話だと思っていた。
 巡航速度を落として時速60キロへ。
「それで、どこにいく?」
「うーん。ジョリーパスタはマズ過ぎて話にならんし。モビィ・ディックとか」
「じゃ、そこいこっか」
「メガフロートまでの道わかるん?」
「ううん」
 ふるふると首を振る。
 そんなもの、分かるはずがない。
「あかんし!」
「あはは。大丈夫だよ。南に向かってればいつか辿り着くよ」
 いつかナビを付けよう。
 もう一度、軽くアクセルを踏んだ。
 やや急ぎ足の70㎞時で、車は走っていく。
 道さえあれば、どこだっていけるものだ。


To be continued...





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 車がある。
 これは、ほんの少しばかりの自由だ。
 仕事にも行かず自分は何をやっているんだろう?
 そう思わないこともなかったけど、今は少しだけ仕事から離れたいと思う。
 我ながら、今までよく働いたと思う。
 少しだけ休暇を貰っても悪くはないだろう。
「じゃあ、パスタ食べにいこっか?」
「異議なーし!」
 車は、学生街をあっという間に抜けて郊外へ向かう。
 景色が今まで感じたことのない速さで通り過ぎていく。
 ドアのスイッチを押して、運転席と助手席の両方とも窓を全開にする。
 どうやら後部座席の窓は開かないらしい。
 風が流れ込んでくる。車内のチリなど一瞬で吐き出してしまうような。
 体を撫でるのとはほど遠い、叩きつけるような風を受けながら、車は走っていく。
 中央環状線に差し掛かり、右折して乗り込んだ。
 更に車の流れが速くなった。
 今、高速道路の下を走っている。地道で行く、という奴か。
「緑の看板やー」
「高速道路だって」
「お金取られる悪の道やん! 乗ったらあかんで」
「そうね」
 そんな悪の道を避けて、地道を行く。
 どうやって高速道路に乗ればいいのか分からないという、根元的な問題もあるし。料金所とか全然わからない。
 横を白いワゴン車が追い抜いていった。後部座席にキティちゃんを満載している。
 ナンバープレートが黄色なので、あれも軽自動車か。
 そう思うと、なんだか追いかけたくなった。

(つづく)



 ヒトミの友人から車を買った。
 その友人の親がレトロカーのチューニングと収集で有名な人らしく、『置き場所が無くなった』という解りやすい理由で格安で譲ってもらえた。ラッキーだ。
 セルボというガソリン時代の軽自動車で、乗せて貰ってすぐに気に入った。
 ボンネットは日焼けして少し禿げていたし、両サイドのスポイラも傷だらけという、老兵といった風情の漂う風貌だ。
 4人乗りのハッチバッククーペだから、ドアはサイドに二つしかない。後部座席に人を乗せるには、助手席か運転席のどちらかの椅子を倒さなければならなくて、なんとも古風で面白かった。
 ワックスが丁寧に掛けられた真っ黒なボディ。車内も綺麗で、車に対する並ならぬ愛情が感じられる。
 この車、元々はスポーツ仕様にチューニングしていたものらしく、サーキットで走らせるのを引退させてから一般道向けにデチューン(響きが可愛い。チューニングで性能をわざと落とすことを言うらしい)したのだそうだ。
 時代の移り変わりと共に、合成ガソリン向けにコンピュータを改造してあるらしい。
「キョーコ、運転できるん?」
「ううん。全然」
 首を振る。
「……ウチ、用事思い出してん」
「ヒトミ~?」
 スマイル。
「はい、いいえ。乗ります」
 論文発表で鍛えた制圧的なスマイルは効果抜群である。
 全てを諦めたヒトミが、助手席に乗り込んだ。
 わたしも運転席に乗り込む。
 ……練習がてらに、少しだけ大学の構内をぐるぐると回る。
 スピードが出せない分、運転感覚を取り戻すのにはちょうど良かった。
「ちょっとふらふら走りすぎちゃうか?」
「車って、思ったよりまっすぐ走らないものなのね」
「あのな、キョーコ。頼むから生きて車から降ろしてな」
 大げさな。
 長年のペーパー気分はそう簡単には訓練されそうになかったけど、とりあえずまっすぐ走るようになった。
 この調子だと、外でも走れそうだ。
「外にでまーす!」
「ああ、神様、えびす様……」
 聞こえない。
 国道に出て、アクセルを踏み込んでみた。
 回転計の針がビュンッと一気にレッドゾーンまであがり、エンジンがけたたましく鳴り響く。この車にはターボが付いていて、ターボが回り始めた。
 今まで乗せて貰ったどの車より強い加速。
 旧時代の軽自動車とは思えないほどスピードが出た。
 踏めば踏んだだけスピードが出るといった感じ。
「凄いやん! これ、ええ車ちゃうん?」
「面白いかも。どっかご飯食べにいこっか?」
「ええねえ。これからも、車があればどこかていけるし!」
「ガソリン代ちょっとは出してね?」
「うぅ~ん。キョーコお姉さんのいけず~」
 意味が分からない。
 気分が良くなってわたしは笑い出した。


(つづく)




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「車かぁ……欲しいなぁ……」
 わたしは免許を持っているけど、取った時点から既にペーパードライバーだった。
 免許証は身分証明書としてしか使ったことはない。
 もし車を手に入れたら、いろんな所を旅しよう。
 ネットでちょっと調べてみるかな、と思った矢先に携帯電話からメール着信音。
 ヒトミからだった。
『今、なにやってるん?』
 と一行だけ。
 彼女はメールでも大阪弁だ。愛嬌があっていいと思う。
『暇してるよ』
 と簡単にレスした。
 まさか、コウイチロウの家にいるとは言えない。
 多分、ヒトミは、コウイチロウのことが好きだから。
 絶対に言えない。
 まだ言うには早い、というか、言いたくなかった。
 再び携帯が震える。
『ケーキでも食べへん?』


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 30分ほどあと、受講センターの近くにあるカフェでヒトミと合流した。
 二人ともプチセットを頼んだ。3種類のミニサイズケーキが楽しめるセットで、満足感があって気に入っている。お茶はアールグレイ。ヒトミはカプチーノ。
 店の窓からセンターの入り口が見えて、学生がひっきりなしに出入りしていた。
「今日は午後からの日やねん」
 ヒトミが言ってるのは講義のことだ。
 ほとんどの講義はネット上で済ませることが出来るようになったけど、それでもまだまだスクーリング単位の必要な科目も多い。
「キョーコは、研究はどうなん?」
「ん。どうかなぁ……いつも通りかな?」
「あはは。なんやのんそれ。あかんやん」
 ヒトミは、この分野の研究が今どうなっているか全く知らない。
 どうしやって話そうかと考えていると、またメールが届いた。
「あ、携帯」
 今日はやけにメールの多い日だ。
 ポケットで振動。メール――コウイチロウからだった。
『少し時間が出来たので家に戻った。お昼を食べたらまた出る。今はどこ?』
「お、誰から?」
「友達から」
 反射的にそう答えた。
 何故、そういってしまったのか自分でも分からない。
 メールは無視。
 それから、ケーキを食べながらヒトミと他愛のない話をした。
 久々に、なんだか生き返ったような気がした。
「そういえば、友達から車買ってくれへんかーって言われてるんよ」
「へえ」
 車かぁ……ちょっと興味を惹かれた。
「車検が2年ほとんど残ってて、25万円やて」
「それ、大丈夫? 安すぎない?」
「ウチは車詳しくないけど、軽自動車やけどスピードでるらしいで」
「うーん。どんな車かによるけど、安くて良いね」
 25万。買えないことはない。
 帰ったら、コウイチロウに相談してみよう。
 と、結局、今日もまたコウイチロウの部屋に戻るのだった。
 苦笑するしかない。



To be continued...



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 気分は沈んでいくばかりだった。
 研究室に行かなくなって二週間。コウイチロウの部屋でぼんやりするのにも飽きてきた。
 気分転換といっても、わたしは読書くらいしか趣味が無い。
 その読書も、これだけ続けると疲れてくる。
 ……外に出たい。でも、出たところでどこにいくあてもない。
 こうやってごろごろと寝ているのも嫌だ。
 悪循環だった。いわゆる、引きこもりの状態になっている。
 自分を見つめ直す、とか綺麗な言葉が沢山あるけど、どう取り繕ったところで事実上はただの引きこもりだ。
 引きこもりの人間は、何かとの関係性を拒否している。
 わたしだと、研究との関係性を拒否していることになるのだろう。
 こういう時、人は、焦るべきなのだろうか?
 だって、仕方がない。
 わたしにも生活がある。
 人生、立ち止まっているわけにはいかない。
 そんな風に、分かった振りをして先に進むべきなのか。
 解らない。
 ただ、今は進む気がないのは間違いなかった。
「……暇だなぁ」
 呟いてみる。
 雑誌は大抵見てしまって、もうどれに何が書いてあるかも把握済みだ。
 パソコンはコウイチロウのものだから、勝手に使うわけには行かない。いいよ、とは言ってくれているけど、やはり気が引ける。
 家に戻ってノートPCを取ってこようかと思ったけど、一度家に戻ってしまったら、もうコウイチロウの家にくる理由が無くなってしまうのではないかと思って、帰れずにいる。
 テレビは余り好きじゃないので、FMラジオを聴くようにしている。
 こちらはまだ、局ごとに特徴があって好きになれる。
 今は、車の中で聴きたいマイベストソングというテーマで盛り上がっているようだ。リスナーからのハガキやメールを女性のDJが紹介しているけど、みんなよほど自分の曲に思い入れがあるのか、熱の入ったコメントが多い。
 わたしにそんな曲はあるだろうか?
 そもそも車に乗っていないので、自分で運転しながら音楽を聴く感覚が分からない。
 車を所持してみれば解るのだろうか?
(つづく)


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