ザ・スクエア 思いやりの聖域(リューベン・オストルンド監督作品) | 人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

ネットの海を漂う吟遊詩人になって
見知らぬあなたに愛を吟じよう

監督・脚本・編集 リューベン・オストルンド

撮影 フレドリック・ウェンツェル

編集 ヤコプ・セカー・シュールシンガー

出演 クレス・バング、エリザベス・モス、ドミニク・ウェスト、テリー・ノタリ

2017年度 製作国 スウェーデンフランスドイツデンマーク  上映時間 2時間31分

2017年度カンヌ映画祭パルムドール受賞作

 

「思いやりと信頼の領域です。この中では、誰もが平等の権利と義務を持ちます。」と

記された「ザ・スクエア」という四角で仕切られた小さな空間を展示することになった

現代美術館のチーフ・キュレーター(管理責任者)に降りかかる災厄を通して、

アート(理想)と現実の境界をシニカルに描いた本作は、福祉大国スウェーデンを舞台に

しながら、多くのホームレスが物乞いする場面が意図的に挿入されていますが、

この人たちは急激な増加で社会問題化しているイスラム圏から逃れてきた経済難民ではなく、

東欧諸国に多く居住する北インドを起源とするロマと言う放浪民の末裔で、

少数民族の常で差別と迫害を受けて真面な職に就けずに、殆どの人が貧しい生活を

強いられていて、その中でも特に偏見の強いルーマニアで物乞いをしていたロマ人が、

EUの誕生でスウェーデンへの往来が自由にできるようになったために、安住の地を求めて

数多く流れてきたようです。

スウェーデンでは、性差、性同一性障害、民族・人種、宗教・信仰、障害、性的指向・

年齢に対する 差別を禁止し、他の人々と同じ価値と可能性を持てるようにすることを

目的とする新差別禁止法が制定されているぐらいに人権意識の高い国ですが、

移民や難民政策が財政を圧迫している危機感から、反グローバリズム路線を掲げる

極右政党のスウェーデン民主党が躍進しています。

本作では、道行く人々が物乞いや支援の呼びかけに対して無関心に通り過ぎる姿を見せる

ことで、「ザ・スクエア」を外側の不寛容な現実のアンチテーゼとしてシンボライズしていて、炎上を齎した美術館の動画広告、難民との言葉の壁、行き過ぎたアーティストの

パフォーマンスに対する集団暴力、主人公によって犯人扱いされた少年の怒り、

女性記者との性的関係等主人公を狂言回しにして、理想と現実の隔たりに疲弊して社会に

対して懐疑的になり、「ザ・スクエア」を自分だけの安全地帯にすることで起る

コミュニケーション不足や傍観者効果を、私たちの身近な現実として描いています。

スマホというスクエアなテクノロジーに支配されてしまった私たちは、小さな画面の外に

広がる現実世界から目を背けがちですが、真の思いやりと信頼を社会に築くための境界線を

無くさなければならないことが頭で分かっていても、欲望が支配する社会では個人の力は

余りにも無力で、威厳を失くした主人公(父親)の姿に失望してうなだれる子供の思いが、

観客の心にも重くのしかかる作品です。

 

美術館が主催するパーティ会場で、猿になり切ったアーティストによるパフォーマンスが

次第にエスカレートして行くシーンで、傍観者効果の恐ろしさが表現されています。

 

 

 


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