彼女について私が知っている二、三の事柄 | 人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

ネットの海を漂う吟遊詩人になって
見知らぬあなたに愛を吟じよう


人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

監督・脚本 ジャン=リュック・ゴダール

原案 カトリーヌ・ヴィムネ

撮影 ラウール・クタール

出演 マリナ・ヴラディ、ジョゼフ・ジェラール

1967年 フランス/イタリア


1960年代、ドゴール政権の近代的革新政治により、
パリ首都圏の整備拡張計画によって建てられた新築の
団地に住む主婦たちの多くが、家計を助けるために、
売春をしている実態をレポートした「団地の売春」から
ヒントを得たゴダール監督が、パリ首都圏整備計画の目的が、
中央集権制によって国家経済の正常化を図ろうとしたもので、
階級差政策の推進と独占資本の経済体制強化によって、
この地域に住む800万の住民が正常な生活を維持するために、
肉体をオブジェ化して国に組み込まれていく姿を、
『私が世界で世界は私だと思った』主人公の売春する主婦を
通して描いた、資本主義社会の歪みを批判した作品です。

詩的であると同時に政治的なアプローチによる映像表現に
挑戦した本作は、ストーリーらしきものは無く、ゴダール自身の言葉を
借りれば、『言葉ではなく音符で書かれた小説の形式を
とった社会学的評論』によって、言語を映像によって明確化しようと
試みていますが、『語るべきはジュリエット(主人公の名前)か
樹木の葉か?いずれにせよ。両方を同時に語るのは無理だ。
どちらも10月の午後の終わりに、優しく揺れていると言っておこう』と、
人間とオブジェとの正しい融合を実現する新しい世界を
望むゴダールの理念を理解するには、あまりにも映画は難解すぎて、
観客からエモーションを引き出すことが出来ずに、溝を作ってしまいました。
その後商業映画からの決別宣言文を発表したゴダールは、
1979年の『勝手に逃げろ/人生』で商業映画に復帰するまでの間、
ハリウッドに対して、政治的アプローチで挑み続けていきます。
今年で79歳になるゴダールは、宣戦布告したアメリカの
アカデミー賞協会から名誉賞が贈られることが決まりましたが、
彼とは対極に位置いるハリウッドさえもリスペクトさせてしまう映画界の
偉大な改革者は、現在も現役で新たな扉を開き続けているのです。

『言語の境界が世界の境界であり、
私の言語の境界が私の世界の境界。
話すことで私は世界を限定し、境界を設ける。
倫理的かつ神秘的な死が境界を廃棄するとき、
問いもなく答えもなく、すべては漠となる。
しかし偶然、事物が再び鮮明になるとすれば、
それは、意識の目覚めを通してなのだ。
その時、すべては繋がる。』(映画字幕のまま抜粋)
ジャン=リュック・ゴダール

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