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文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

一年生の時、習ったばかりの漢字の意味を説明していたら母が、
「ちがう」
と一刀にしたのは、我ながら面白い体験だと思っている。
とまれ、その瞬間はショックだった。人、という字は杖をついて休んでいる人の姿から出来たんだよ、と説明したら嘘だよ。と母が言う。僕は、じゃあ先生は嘘つきなんだとびっくりして、それが人生で一番大切な学習になった。大人は嘘つくからな。俺もだからな。
「いいか坊主よく聞け」
母はいつでもこんな風に話した。母はポルトガル語の翻訳の仕事をしていて、たいてい家にいた。母親が家に居る不幸な家だったな。
「人と言う日本語は無い」
と母は言ったのだった。僕が分からない思いをしていると、漢字練習帳を指して
「これは、外国語」
と言う。
「と言っても、日本語に該当する言葉が無いから対訳のしようが無いんだがな。あのな坊主。母が考えるのはこういう字だ」
と言って母は本のはなぎれに走り書きしたんだ。

日所

「なんて読むの」
「だからこれをひとと読むのだ」
僕にはまだ読めない字だった、だって7歳だったからな。
「日所。日はひかり、たいよう、たましい。いのち。と、は場所。光や命に溢れる土地と言うのがまことだったのだ。と、母は思う」
「なんでそれがひとなの?」
僕には当然わけが分からない。
「ねじ伏せられた国の歴史だよ。勉強しなさい、坊主」
母はたくさんの本を使っていつも何かしている。仕事と言う認識はないのだった。
「ヒトは滅びて既になし。でもな、人間面はしてるんだ」
これはホラーみたいに恐ろしかった。母は。大爆笑したのだ。
人でないヒト。たぶん僕は、そこから生まれたのだ。