おばあちゃんがこどものころから大切にしていたと言う、「世界古伝小説」という小さな本は、私が小学生になったとき、お祝いにともらった。おばあちゃんは、その古い本を大切にして、手製の表紙をかけて、糊を足してはいつも持っていたそうです。
でも私にくれた。難しくて分からないところだらけだった。
おばあちゃんは、私にも解る言葉で意味を聞かせてくれた。胡、とは外国のこと、なべて、とはみんな、と言う意味。
おばあちゃんの訳をこう覚えている。
「昔々、ある国の女王さまが外国の王様をすきになりました。ですが自分の国を棄ててお嫁には行けません。あまりの辛さに、太陽の弓と炎の矢を使って世界を滅ぼそうとしました。ですが、ほんとうにほんとうに苦しかったので、とうとう矢を放つことが出来ず、自分だけが燃え尽きて死んでしまいましたとさ」
こんな短い話がたくさん載っている、ちいさな、薄い本。
私はそんな風に生きると思っていた。と言うのは、明らかにおばあちゃんが読んでいたのはその焼け死んだ女王さまの物語だけだったから。
おばあちゃんが意に沿わない結婚をしたのは明らかだった。そして。
そして、私も同じように生きるのだと思っていた。
自分も世界も、何もかもひっくり返すくらい、強烈に恋をして、苦しすぎて死んでしまうんだと思っていた。とても幸福な生き方に思えてしまって。
私の家は、六畳の、焦げ茶色の畳の一間のアパート。何十年と壊れないアパートだ。私は水道の水を飲み、教会ボランティアの人が持ってくるカップラーメンやカレーライスを食べる。
枕元には世界古伝小説があって、毎夜必ず開いて読む。
自ら燃えて死すと伝う
私もきっとそんな風に恋して生きるのだと思っていたのに。
現実の私は伸びすぎた髪の先にカビが生えて、この部屋でひとり五十を迎える。