と、教えてくれたのは母だった。なんだ、とんでもねえ奴だったなあと今なら思う。ろくでもない女だった。つまり、僕とほかの兄弟たちはろくでもない出生を、したのである。
「でーもだーいじょーうぶ」
馬鹿だった。これは母の口癖。僕らが子どものとき、子守唄に歌っていたはなうた。
「あなたたちは大丈夫よ。だってお父さまは竹から生まれてきたんだもの」
母は狂っていたから、信じていた。父は竹のうろから生まれたのだと。高貴な存在なのだと。何ものも犯し得ない者なのだと。
確かに、父は日本でも有数の竹林の地主で、ひとを使って竹を生産している。テレビが時々取材しにくる。
とは、まったく関係の無いことだが、母は父は竹から生まれてきたのだと信じて疑わなかった。
残念だが、僕も信じていた、少年のとき。僕は、この黄金に光るミドリイロの竹から生まれてきた、ひとの、血をひいているんだ。と誇ることが出来た。
まあ、その、美しいのだ、竹と言うのは。父は色の青白いひとだったから、あながち、竹の中で生じたというのも信じられた。
だから自分のことも特別な存在だと思っていたんだ。親とは功罪なんだなあと思うよ。
もれなく僕は世の中から浮いて、何もかもから見放され、竹のうつろの向こうにある世界に戻ることも出来ずに、でも生が恋しく、いる。
僕は母を汚しめればいいのだ、二階にあげて梯子下ろしやがって、と。
僕は芦吹く泥沼から生い立ちた日本人。旧世界の清められた父とは違うのだ。母いっかな認めない。
僕達を生むとき自分は竹になって立っていた、と言う。そして切り裂かれて死ぬたびに、僕達が生まれたのだと言う。