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文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

最近夫は、仕事終わりに自分の生まれた家に寄るようになった。私はそれがたいへんイヤ。イヤ、とは言っても表には出さないし、もちろん鍵かけてしめだしゃしない。帰ってくればおかえりなさいだ。
なぜイヤか。夫は親に虐待されていたからなんである。それを、今さらみたいに自分の実家を優先するのは、なんだか、今度は、私が虐待されてるみたいじゃない、と思う。
夫の生まれた家の10メートル先に家を建てた夫婦が離婚して離散して、手付かずになって残った祖父さんばあさんが途方にくれている、という出だしがそもそも不吉だったのだ。
夫は自分の親からそういう話を聴いて、ご近所が困っているし、何より安いから。なんとかしてよ。
私は、そんなろくでもない家に引っ越すなんてイヤと、だだこねた。こねたけど、上の子が小学校に入るタイミングで次の子を宿してしまった手前、払うお金を少しでもけちりたいのは本音だった。ギャグみたいな安値で売り出されたから。本当に。
そんなギャグみたいな本音に圧されて、とうとう夫の親の10メートル先に暮らすことになってしまった。
それで、この頃夫は仕事が終わるとまずうちに車を停めて、10メートル先にある親たちを見舞う。
どうしてそんなことをするのか分からない。彼らは冬の夜、小学生の夫に食事を与えずごみ捨て場の籠の中に放置したりしたこともあるのだ。
多分、分からないのは私だけなんだろう。夫には夫にしか分からないことがあるんだろう。
秋が深まる。歩いている10メートルの中で踏みしめるものは夫の靴の下にしかないのだろう。
子どもは悲しい。親は罰されなくてはと、私は固く胸に締める。