何処へ行くにも、墓石の間を通っていくのだった。それが当たり前だったから、みんな当たり前だった。
ただ、墓地の更に入り口に、観音開きの古い物入れみたいなものが置かれていて、確かに置かれていて、誰もの目に入るし、いつなのか時々掃除とかされているようだったが、誰もがそれを、無かったことにしていた。
恐ろしいのは、この物入れに関すること。
物置小屋には小さく、棚と言うには大きなそれは、思えば質素な仏壇だった。いや、祠かな。とにかくそんなようなものだ。
何しろ地域の入口にどかんと置いてあるものだから毎日横を通る訳だ。言ったように、誰もそれの話をしない。
この地域の者は、
誰でも一度はそれを見ているからだ。
当然、私も見た。私の仲間もみた。だから、話したくなくなった。誰かあのあとしゃべったかな。どうだろうな。
7歳だったと思う。だって決まって7歳なんだから。私と、隣のシンとはす向かいのムタは、面白がって物入れを開けてみたんだ。
あとから知ったが、どうも、地域のこどもは7歳で一度そういうことをするように、仕向けられるらしい。
明に暗に、誘う法式が、あるのだそうだ。
シン、私、ムタで寄り添って、古いけれどきれいに拭いてある物入れの掛金を取って、なかを見ていた。
地蔵さんが入っていた。でも、石で作られていないのがすぐわかった。
顔があった。それは当たり前だ。しかし、それは作った顔ではなく、本物のの顔だったのだ。
睫があって眉毛があって、産毛の生えた顔だったのだ。ぼこぼことでっぽこばった、恐ろしい地蔵さんだった。
ムタやシンと蓋を閉めて、私たちは家に帰った。
その夜、赤ん坊が泣き叫ぶ声を聞いた。
庄屋の家の次男や長女が要らない子を産んだら、首が座る前に皮を剥ぐのだ。
そして、剥いだ皮を地蔵さんに被せる。有難い地蔵さんに、血が乾く前の皮を着せたら、許しと恨みが合わさりあってとても強いものになるそうだ。そして地域を守ってくれる。
皮を剥いだ後の赤ん坊はどうなるの?
なぜか私はそう聞いてしまったのだ。