小説「斬手刑」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

手を切るくらいなら、足を切ってくれ、と泣いてごねた昔のトルコの人が居たそうだ。
で、斬手は行われた。
「手がなくなっても、代わりのものを附けたらいい」
と、処刑人が言った。それは配慮なのか?優しさなのか?なんだかよく分からないのだが、罪を犯したその人は大切な手を切り落とされた。
何故手が大事だったのか?足の方がましだったのか、それは彼が著名な書家だったからだ。
手が無くては、筆が握れない。
という小話を拾ったので、友達に話してみたら、
「そんな時代に手を切断したら治療できなくてどのみち死ぬぞ」
とのこと。
アラビア社会はギリシャから受け継がれた医学の最先端智識を持っていたことを知らないんだね。
だからその人は生き延びた。足を、足を切ってくれと泣いてごねながら、手を切り落とされた。
貴方のいちばん大切なものはなんですか?
という簡単な問いがある。
その昔の人は、書に向き合うことが何より大切な事だったんだろう、これは私の推測。
筆にインクを満たし、紙を押え、思うがまま文字を綴る行いが何より大好きだったんだろう。
それが、なんでも無いことみたいに切り捨てられたんだな。それは、悔しいだろう。
どんな罪を犯して手を切られたのか、それは伝わっていないんだけど、いちばん大切なものを、無関係の誰かにむしられる。
そんな酷い話は無いんじゃないかな、と思ったんだが、友達は興味ないようだった。
なんで足を切ってやらなかったんだ。断罪というなら同じことじゃないか。
そういうのが、嫌がらせ。いい方。変えるなら、いじめだ。
その人はきっと、足を得て手を失ったことに、ムカついたんだろう。
ムカついている限り人は生きていける。悲しんだら、だったら死ぬんだ。
どうしてだか私はそんな事を思った。
手を失ったその人は、生き延びて腕の先に筆を結び、なお書に中ったんだという。