そんな訳がない。
死んだひとは火に心を慰められるのだと言う、だから偲ぶとき、火を焚くのだと言う。
そんな訳がない。
では火に巻かれて死んだ人は心慰められたと言うのだろうか。
「生きている間と死んだ後は、状況が違いすぎるだろう。」
と君なら言うだろうな。
ともかくこれは死んだ人を慰めるためのものだそうだ。
川向うから挙がる花火。
私は、花火は、常に弾けとんだ火薬の一番大きな欠片を追って目を薙ぐ。
どうしても目を捕られるのである、とくだいのやけぼっくいが断末魔もそこそこに見えない灰になっていくところが。
あの灰に、心掛けるものは誰も居ないのだな。そう思うと、私はつい、目が着いていってしまうのだ。
既に死んでいる私の心は慰められているか?
そんな訳がない。
では私は猶いきようとして居るのだろうか。
「残念ながらそうなのだ。」
と、私は屋台の焼き鳥とコンビニビールでもって花火のコケラに恋い焦がれながら、
どうしても、一人だ。
そう考えていた。