「睡花堂」
という飾り看板の脇にはなぜか食べ物のすいかの絵が寄り添っていた。何かのしゃれのつもりだと思う。あまり気が利いているとは思えない。
ショーウィンドウに腕時計がいくつか置かれていて、その奥でメガネをかけた老人が、今まさに細かい機械作業をしているのが伺える。
飾られた時計の脇には折り紙で作った鶴が寄り添っていた、ずっと長い間時計と置かれているのか、くちばしの先辺りが霞んでうすら茶けていた。
ショーウインドウに時計が置かれていて、奥で職人が作業をしているのに、ガラス戸の中から除くのは、おびただしい量の本、だった。
私は何もかもがちぐはぐなのを感じている。なぜだろうか。ここが何を売る場所なのか分からないからかもしれない。飾ってあるのは時計、作られているのは時計、しかし店を埋めているのは本。一体何が目的なろうか、そして眠る花と甘いすいか。
私はガラス戸を開けて中に入ったのだが、
「うちは客は取ってねえよ、帰んな。」
振り向きもせずに老人は言った。
「でも表に看板をだしているじゃないですか。」
食い下がる。
「俺はネット通販が専門だ。ここは、物置だ。だからここに置いてる在庫はみんなネットでさばくんだよ、だから客は取らねえ。無駄足だったな、旦那さん。」
と、老人は細いドライバーを器用に扱いながら無下に言うのだ。こんなアナログな外見の老人が、ネット通販などと呟くのだから私は驚く。
まあ、時代とはそういうものなのかもしれない。
「時計はなんです。」
「なんだって。」
老人は時計にかなり小さな部品を用いている様子。
「時計も通販で売りさばくんですか。」
「ああ、そうさね。が、本ほどには売れないがね。」
「どうしてです。」
「あんた、目が節穴かい、旦那さん。」
老人はメガネを取りながら私の方を振り返る。目をすがめて私の方を見るのだ。
「この時計を見ていて、何にも思わないのかい。」
ショーウインドウは出窓にになっていて、店の中からもそこにある時計を眺めることが出来た。私は駆け寄ってもう一度それらの小物に見入った、気づいた。
文字盤に問題はない。しかし、秒針が通常とは逆回転をしているのだ。と、言うことは、この時計は過去へ過去へと向かって時間を刻んでいることになる。
「これは逆回転をしていますね。」
「そう、これはね、過去計さ、言ってみれば。」
老人はもう一度メガネをかけて、
「欲しいかい。」
「いやとくには。」
そうかね。私がそう言うと、作業に戻って行った。
「実用性が無いだろう。」
老人は手を動かしながら言う。
「そうですね。」
「そう。実用性のないものだから、ネットのサイトにアップしても買い手は付かない。まあ、どうらくだな。」
「なぜ、こんなものを作っているんですか。」
市販の機械時計をばらして、構造を逆向きに組み直しているようだ。
「あんた過去に戻りたいかい。」
「いや、別に。」
そうだ。私は過去に未練はない。未練が無いと言うのは、あんまりに酷い過去だったので、もう一度戻れと言われたらはっきり言って怖気づくのだ。
「俺は戻りたいんだよ。」
と老人は言う。
「だが、この世で後ずさりは出来ないからな。どんなに頑張っても、前に進むしかないのさ。だから、がらくた時計くらいだったら後ずさりしたっていいじゃないか。道楽さ。道楽だよ。」
そう言って、老人は時計を型枠に合わせて組み直し、私はその、目指す過去に向かって後ずさりして行く秒針に、ちぐはぐした心を預けた。