長編お話「普遍的なアリス」の了 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

一転して兄は怒りを露にした。
「俺を憐れむな!」
怒鳴った。
「だって。」
私は、ソウスケの右手を捕まえたままで、悲しみをその手の平に預けた。あずけたかった。できないけれど。

「だってあなたは、憐れだわ。」
私の涙はこぼれなかった。
「私は、あなたを愛していないもの。」
私は、告白した。ずっと、伝えなくてはならなったことだ。

「俺ほどには、と言うことだろう。」
言いすがってきたソウスケがなおのこと哀しくて、私は彼の指をずっと握りしめていた。

「いいえ。私とあなたは絶対に理解しあえない。あなたが今までずっと私を理解しようとしなかったように。
私も、あなたを理解することはできないわ。」
「だからか。」
「なにがなの。」
「お前は。俺が死んでもいいと思っているか。」
ソウスケは、ソウスケの訴えかけるような目が、私の心を打ちのめす。打ちのめされても、私の心は微塵も動こうとはしない。

「いいえ。そして。あなたは。私を抱きたいと思う?信行の様に、肉体として蹂躙したいと思う。」
「そんなことしない。」
兄は吐き捨てた。
「するかしないかじゃない。思っているかどうかと聞いているのよ。」
「それは。」
答えなければならないのか。ソウスケの苦痛が両目を突き抜けて私を射す。いいえ。そんなことで私は怯まない。どうしても、今ここであなたに確かめなくてはならないの。

「私を無理矢理にでも、それが可能ならば、あなたのものにしたいと思うの。」
私は確かめなくてはならないの。

ソウスケは、右手を私につかまえられているので、左手で私の髪の毛を撫でた。
初めは頭頂を。そして、こめかみを、私の髪の毛を掬い上げて、色を確かめるようにじっと見ている。少しの、時間が流れた。
相変わらず私を見つめるソウスケの目、怒りでも哀しみでも絶望ですらない、かれの目は訴える。

「…そうだ。」
「だから死んでしまいたいのね。」
「俺は、下らない人間だ。だがどんなにくだらなく生きていても、妹に手をかけるような真似は、絶対にしない。」
「だから、今まで死にたかったのね。」
「そうだ。」
「ゆるさないわ。」
私は、力を込めて言い渡す。絶対にだめ。それだけはゆるさない。
「ぜったいダメよ。死ぬことはゆるさない。」
「ユイ。どうしてだ。」
俺はお前の人生に何の意味も持っていないじゃないか。現にお前は俺を捨てて出ていった。
そんな俺が、今さらお前になんの必要があって、これからも生きなければならないんだ。

ソウスケは声には出さなかった。でも、言いたいことは、伝わった。
「苦しみなさい。」
私は告げた。
「私のために、苦しんで生きなさい。私を想っているなら、私への愛の証があるのなら。私を、満足させたいのなら。
苦しみなさい。私のためにだけに、苦しんで生きなさい。
でなければゆるさない。他の生き方をするなら、絶対にゆるさない。」

そう。あなたが私を想うなら。私だけを想い続けるのなら、苦しみ抜かなければゆるさない。

だって、私は、この世でただひとり、あなたを支配できるもの。

だから苦しみなさい。と私は言った。
ソウスケは、右手で私の手を握り、左手で髪の毛を掬いながら、私の声を、私の想いを受けていた。そんな様子だった。
やがて。

「分かった。」
「ソウスケ。」
「お前のために。お前が生き続ける限り、俺はこのやり場のない想いで。このやり場のない想いで、苦しみ抜こう。」
「約束して。」
「誓おう。」
と言って、ソウスケは私の手の爪にキスをした。

そして、永遠に私のために苦しみ抜く、と誓った。


おしまい。