ぐうへ、
と、何かが吐き出される音がした。それを、合図にしたみたいに、ソウスケは今度は褄先で信行の脇腹を蹴り飛ばした。
信行は床を転がって壁にぶつかった。
「死んだらどうするの!」
「だから何の問題もない。むしろ俺が殺さないのを可笑しいと笑え。」
ソウスケは怒りに燃えた声でそう言う。
信行のアパートの下には、タクシーが止まっていた。迷い無く乗り込むソウスケ。
メーターは動き続けていた。
ソウスケは私を抱いたままポケットの中を探り、茶封筒を取り出すと無言の運転席に差し出した。
「おんなのこの事なんでね。頼みますよ。」
幾ら用意してきたんだろう。私はまた全身が寒気だった。
一体いつから?いつから分かっていたの?私があなたの前を去って、その間あなたは何をしていたの?
分かりきっていた。
あなたは、ずっと私を探していたのね。私は見つけてしまったのよ。だからあなたは死んでしまうのよ。
なのに、どうして。どうして私を追ってきたの。どうして自分の生を生きることを選ばなかったの。
どうしてあなたはそうまでして私に命を捧げるの。
悔しいし、腹が立った。私はせっかく逃げ出したのに。
「あのね、お兄ちゃん。」
私は兄に語りかけた。
「先ずは俺の家に帰って、風呂に入って、ゆっくりしなさい。飯は食っていたのか。」
「カレーとか。」
「また。そんなものを。」
兄は苦々しく言った。
「あのね、お兄ちゃん。」
「寒くないか?痛むところはないか?」
依然として保護者のような口を利く。
ソウスケの手がそっと、私のこめかみを撫でた。
撫でながら、ソウスケが一番驚いていた。
「あのね、お兄ちゃん、私は見つけたの。」
「そうか。何を。」
私を見つめる眼差し。
「あなたが死んでしまう理由を。」