長編お話「普遍的なアリス」の37 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

ばちん、

と殴られるのと同じタイミングで、

がちゃり、

と金属が擦れた。誰かがドアノブを回した。信行は一瞬だけ、玄関の方を振り返ったけれど、構わずに私の腰に手を当てて両脚を広げようとした。

「酔っ払いか。」

ぼそっと言った。

部屋を間違えた人がいるんだろうか。信行は部屋に鍵とチェーンを掛けている。外から誰かが入ってくるはずがない。

 

「ちゃんと働かないとまた痛い目見るぞ。」

信行はどんな言葉を吐く時でも、優しかった。顔を殴りつける時でも声は笑っていた。

「あなたは私の事をどう思っているの。」

少しも体の用意が出来ていないのに無理に押し込まれて、私はまたしても苦痛で嫌な気分になりながら、問うた。

「好きだよ。」

「なに、それ。」

「好きでもない家電をいつまでも使っている理由がないだろう。」

家電。どこかで同じ言葉を聞いたような気がする。家電。家電。日用品。それはどこでだったの?

でも確かに、どこかでそれを耳にしているわ。

 

「お前は俺のかわいい家電。ほら、体の中に電気走ってるだろ。」

そこで信行は、気がつたらしかった。急に手が止まったもの。私は傷みにこらえるのに必死だったので、(体の中にはもう傷がたくさん出来ている)信行の身体の動きが止まったことに気が付かない。

気が付いた時も、どうしたの、何かあったの、なんて聞けない。

 

がちゃ、がぎゃ、がちゃ、がんがん。

 

ドアが鳴っていた。

さすがに、信行は不信と警戒の心を持ったようだ。がんがん、がちがちがち。ドアが、鳴っている。ドアノブが、少しずつ動いている。

左に、右に。少しずつかしいでいる。その気配が押さえつけられたままの私にも伝わってきた。

 

誰かがドアをこじ開けようとしていた。

信行は私から離れて立ち上がった。背中から汗が、一筋流れている。無駄のない、適度に鍛えた筋肉の揃った背中。私はこの背中が好きだった時期もあった、と思う。

いや、無い。

 

信行は素早くトランクスとTシャツだけ被ると、ホッケーのスティックをケースの中から取り出そうとした、

がちん、

何かを断ち切るような音が聞こえて、私もベッドの上で身体を起こした。ドアが相手チェーンにぶつかってガン!と激しい衝撃音が鳴った後、その後は私も見ていた。

ペンチを大きくしたような工具がドアの隙間から入ってきて、チェーンを切り落とす。

反射的にスティックを振りかざした信行のことを、ドアを開けた勢いそのままに入ってきたソウスケの革靴が容赦なく蹴り飛ばす。

 

…ソウスケがこんな不意打ちを出来るなんて思ってもみなかった。

信行は顎を蹴り飛ばされて、のけぞった隙に部屋に上がってきたソウスケにホッケーのスティックをもぎ取られて、更に、脳天唐竹割、と言うのだろうか、思いっきり殴られて尻もちをついた。

その信行のシャツを掴んで立ち上がらせてソウスケは、

「警察には言わないでおいてやる。」

と言った。