母は私をカスパールハウザーみたいにしたのだった。
一歳になっていたかどうか。
でも自力でパンを食べられたのだから、確かに一歳くらいにはなっていたのだろう、母は自分で床板をはずして、穴を掘って型を埋めてコンクリートを流して、三畳ほどの地下室を作った。
半地下になっていて、地上30センチくらいの所に通空と明かり取りのための穴が開けてあった。
私はよくその穴から手をだして、草を千切ったりだんごむしをほじったりして口に運んだものだった。
母は地下室にいつもパンとストローマグに入れた牛乳を置いていた。
母の姿は見たことがなった。
私が寝ているときにやって来て、ブランの入った甘い茶色いパン(彼女なりに栄養を考えたようだ、死なれたら困るから。)と牛乳を置いていく。
私は地下室の中で眠っていて、目が覚めると、穴から光が差し込んでいる。
そして猫の親子が穴に首を突っ込んで不思議そうに私を見るのだ。
私は猫に手をのばす。彼らは一目散に逃げていく。
それからパンを食べて、牛乳を飲んだ。
私は発見されるまでの十数年を、その三畳の地下室でたった一人で過ごした。
…
今、こうして書いていると、言葉。大分覚えましたねと先生が誉めてくれる。
母はとても不服だったそうだ。
私はカスパールハウザーみたいに奇妙な成長はできなかった。ただの知識のない人間だ。
野生児にはなれなかった。母は今服役している。
そして有名になる夢を捨てきれずに、
「カスパールハウザーの母」
と言う本を書いているのだそうだ。
“カスパールハウザーの心理実験”を行うつもりだった。
と訴えている。
母も、相当おかしい人だと思われている。この先会うこともない。