小説「生皮氏の話」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

コインランドリーの乾燥器の中からまず手が、それからもじゃもじゃした髪の毛、パンチパーマがこんな感じだろうか、いや、パンチパーマはもっとちりちりしているか、この髪はもっともじゃもじゃだ、おばちゃんパーマというやつだろうか。

それから肩が引き出されて、ずるずるずるっと胴体が出てきて足がすとんと籠の中に落ちるのを見た時、私もさすがにちょっと驚いたけど、ああ、これが有名な、

生皮氏

か。話、聞いたことがある。大学の、この近所に住んでいる同級生に。

生皮を洗濯しにくるじいさんが居るんだ。びっくりした。

なんて言っていたが、もちろん着ぐるみだ。生皮なんかじゃない。しかし、着ぐるみにしたら不気味だな、と思った。

 

生皮氏、その薄気味悪いじいさんは、白髪が吹雪みたいに上へ上へと広がっている。そして、おそらく片目が見えないのだろう、真っ白になっているから、車の運転は大丈夫だろうか。事故を起こさないといいけど。

口をへの字に曲げて、次々と乾燥機から着ぐるみを取り出している。

どれも人体色の布で作られた、仕立てのいい着ぐるみで、もじゃもじゃの髪の毛に背中にファスナーが付いていて、全裸?服らしい装飾が無いことで統一されている。

 

私は呆気に取られていた。

天気の悪い夜だった。この街は雨が多い。学校が終わってから家で洗濯をして、リュックに入れたそれを持って私は乾燥器を借りに来ていた。

そうしたら私の明けたドアの隣で、生皮氏が乾燥の終わった生皮、じゃない、着ぐるみを取りに来ていたのだった。

 

一体何に使うものなんだろう。全裸の人間の、これは、全身タイツ?いや、髪の毛が付いているし、よく見たら目にあたるところ口にあたる場所には穴が開いている。それ以外は全部布で覆われる作りになっている。

一体こんなものを何に使うのだろうか。しかも、一枚や二枚じゃない。生皮氏は大型の乾燥器の中から着ぐるみを次から次へと取り出して、籠の中に無造作に突っ込んでいる。生皮氏の髪型のせいなのか、ひん曲がった口元のせいなのか、私には生皮氏が怒っているようにしか見えなかった。

 

でも、怒り狂っている訳ではないだろう。こんな顔をした老人はよくいる。私は、よく見る。ある程度年をとると、ある種の人達はこんな顔になるのだ。

怒っている訳ではない、腹が立つことがあったわけではない。でも、楽しいことやうれしいことが多かった人生なわけでもない。

だから口がこんなふうにひん曲がってしまうのだ。

 

ともかく。

私は自分のリュックの中から洗濯物を取り出すのを忘れて生皮氏のことを見ていた。全部で十人分、いや、十枚くらいあっただろうか、生皮、じゃない、着ぐるみ。

じいさんは、ほかほかする着ぐるみが山盛りになった大きな洗濯かごを抱えて、小雨の降る中コインランドリーの外に出て行った。

目で追ったら、軽トラックの荷台に洗濯かごを乗せて、ホロを掛けていた。せっかく洗ったばっかりなのに、雨に濡れたらどうするんだろう。

だがじいさんは、そのまま着ぐるみを持って軽トラで走り去って行った。終始口をひん曲げて、怒ったような狂ったような顔をして。

 

あの着ぐるみは何なんだろうか。

奇術部や演劇部にいる友達に聞いたら、何か意見をくれるだろうか。と私は思った。そして、生皮氏から二つ離れたところの乾燥器に、自分の荷物を放り込んだ。