小説「カンナの香り」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

始めから、

「ガセじゃないのか。」

と疑ってかかっていた私に、最近オジサンが寝込んだせいで住職を継いだ私の同級生が、

「ああ、ガセだな。」

と言った時には腹が立って、

「金返せばかやろう。」

と言った。彼は私の家が檀家になっている寺の跡取り息子なのだ。あだ名はまんま、ボーズだった。

「ばかやろう、こっちだって商売でやってんだ。おとなしく拝まれてろ。」

とボーズが言う。

私は呆れた。

「仮にも和尚さんがばちあたりなこと言ってると思わないの?ガセって分かってんだったらうちの年寄連中説得しなさいよ。」

「だからそうするとおれんちの経営が成り立たねえだろう。あのな、寺だって客商売なんだよ。」

「客?」

「お前ら。だから今日の晩飯のおかずのために、精一杯御祈祷させていただきます。」

なんて言ってボースはつやつやした頭頂を私の前に晒した。

 

そんなはずがないとずっと思っていたんだけど、結局このばちあたりなボーズを捕まえて一席ぶつはめになってしまったのだ。

「納屋を壊そうとしていることにおじいちゃんが怒り狂って祟って出た。」

と大叔母のレイコが言い出した。

「それはそれは怖い顔ででていらっしゃるから、私はもう、一体何事かと思って。」

レイコの夢枕に、

“鬼のような形相”

のおじいちゃんが現れて、レイコに掴みかかっては何か分からないことを毎夜毎夜叫んでいる。レイコは安眠できずうなされて、熱が9度7分も出て救急車で運ばれる騒ぎになり、20年も前に亡くなったおじいちゃんが今更出てきてこんなに起こるなんてただことじゃない、何かあるに違いないと、レイコの近所に住んでいた怪しげな霊感占い師に相談したところ、上の様に答えたらしい。

「あ、あんたひょっとしてあの占い師のグルだね。」

私は本堂へ向かおうとしているボーズの袈裟をひっつかんで呼び止めた。おい、引っ張んなよ罰当たりな、とボーズが迷惑そうに言った。

「ばちあたりはどっちよ、お布施どろぼう!」

「おい、大きな声出すなよ。それに、さすがにうちもそこまであくどくはしてないよ。その占い師のことは、そっちて勝手に盛り上がってるだけだろう。」

おれはおれの言われた仕事するだけだよ。

とすまして数珠を手首に巻きなおしている。

 

私はおじいちゃんが化けて出るなんて、絶対にガセだと思っていた。おじいちゃんは死ぬまで穏やかな人だった、人知れず病気になって、朝になったら誰にも看取られず静かに息を引き取っていた。

生涯だれとも争わず、昔ながらの大工の仕事をつづけ、誰にも憎まれることなく、何に不平を言うことなく。

私のことをとてもかわいがってくれていた。

私には、おじいちゃんが広い材木に鮮やかな手つきでカンナを掛けていく時の記憶しかない。どんな形相か。鬼の形相ってどんなものか。そんなものは信じられない。

ハゴロモのように飛び散るコケラ、何とも言えないその香り。そんなおじいちゃんが、納屋の一つで人に迷惑をかけるだなんて。

「おじいちゃんに滅多な事いったら唯じゃおかないよ。」

私はボーズの後ろ姿にエアキックを喰らわせながら言ったら、案外エアが届いたのかボーズが振り返って、真面目な顔で、

「あのな。俺も一応修行ってやつをクリアしたんだ。おまえんちのじいさんの“今”くらい把握してるよ。」

「え。」

「だから、心配すんな。」

檀家さんまたしちゃいけねえから、俺行くわ。

と言ってボーズは謎の言葉とともに数珠をふりふり、本堂に行ってしまった。

「おじいちゃんの今?」

心配しなくてもいいってどういう事だろう。

でも私も御祈祷に遅れてはいけないから、急いで本堂に向かわなくてはならないのだった。