「お互いを尊敬できなかったら金なんて幾らあってもケツを拭いて捨てるだけじゃないか。」
こういう彼女は万札でケツを拭く快感を知らない。
私はケツを拭いた万札をトイレに流す
…トイレは詰まる。
万札は幾らでもある。私は配管修理工を呼ぶ。彼らはまたですか、とごねる。私は万札を渡す。万札は幾らでもある。彼らは黙って仕事をする。トイレは元に戻る。
「相手を尊敬できなかったなら」
彼女は私を嫌う。
金を持っていて不細工な男と頭が悪くて美貌の女が出会って恋する
「訳がない。」
と言って私を嫌う。
しかし彼女は万札でケツを拭いた事がない。
体験のないことに理解を及ぼすのはアタマのいい人の仕事で私はそれと違う。
私が綺麗だと言って夫は好きになってくれた。
私が綺麗であること、それ以外なんにも知らない夫。
知ろうとしないことは知らないことだ、ひとつ残らず。
尊敬できる人間と結婚したあなたは万札でケツを拭くことを知らない。
私は夫の事を何も知らない、しかし夫は万札をたくさん置いている。
だから私はケツを拭ってトイレに流す。配管修理工はまたですか、と言うだろう。
尊敬の事は知らない。でも、万札の意味は良く分かる。
それは、生活。