あと百年生きたら、私は百回の弔いをするでしょう。
毎年、別れた日が来ると私は私とあの人のお弔いをする。
一緒にいてもお互い不幸だから。だから別れた。だから私は毎年別れた日が来ると、自分一人の部屋で私とあの人のお弔いをしている。
この先に未来が無いと解ったときに、私は逃げるようにしてあの人と別れた。
あの人は私を探しだろうか。
いや、そんなことは無いはず。聡明な人だと言うことは解っていた。私が逃げ出したら、追いかけても無駄なことはすぐにわかったろう。だから私は安心して逃げられた。
毎年、あの人のことをお弔いしてもう十年になる。今年も別れた日がやって来た。
弔いの日の前日、私は自分の部屋の入り口に花を生ける。ここはお墓。午前0時になると私はお墓に入る。そして次の午前0時がやって来るまで、私はその中から一歩も出ない。
一歩だって外に出ない。
音も光もない部屋の中に私は一人で横たわっている。
このまま本当に死んでしまえたらどんなにいいだろう。
あの人は今ごろどうしているだろう。
死にながら、死んだ気になりながら、これからどう生きていったら分からないまま、
私はあの人を想う、止むことはない。
私は、このまま死んでしまいたい、と考えながら、閉じた瞼の隙間から流れる涙を感じながら、
それでも生きていればまた会える、そう思う事が、止まない。
でもそんな日は来ない。一緒に居ても、一緒に居るだけ辛いから私はあの人を置いて逃げ出した。あの人の人生の外側へ。自分の人生の外側へ。
そして今日も私とあの人の事を弔いつつ、私は横たわっている涙が流れるままに任せている。
泣いていると、もう一度会いたいと言う想いが溢れて仕方ない。あの人をもう一度探しにいきたいと思って仕方がない。
でも、そんなことをしては、駄目。
だから毎年会いたくて会いたくて仕方がなくなる日に、私は自分を殺すことにしている。
今日でそれも十回目。
あと百年生きたら、私は百回、弔いの日を迎えるでしょう。