小説「目の無い彫刻家」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

石でもそう、土でもそう、木でもそう、造形家には、素材の中に入っている
本質が見えるのだそうだ。

「だから私は、作るのを止めました。」
と彼は語る。
見えなくなったのだと、彼は語る。

木彫の第一人者として業界の話題を一任していた彼が、ノミを握らなくなってからはや十年
「十年前にあなたにどんな、変化があったのですか。」
私は雑誌の企画で、十年作品を世に出さないかつての俊英に、インタビューしている。

「見えなくなったのです。木の中に形が見えなくなったのです。
木の中にある形を私たちは取り出すのです。
木の中に形がなければ、どうしようもない。」
「見えなくなったとは。」
「私は、今は木を見ても何も感じない。
この中から取り出さなくてはならない何者の必要も感じない。
あるいはこの木の中から他の誰かが形を取り出すかもしれない。
しかし私には然るべき形が見えない。

見えないものは、掘り出せない。
私は十年間、木の中になんの形も見ていないのです。」
とロートル作家は言う。
「それは悲しいことですか。」
ボイスレコーダーが回っている。
「悲しいことではありません。
私の目が役目を終えたと言うことです。あるいは、木が私に対する役目をを終えたと言うことです。
もちろん違う人ならもっと違うものを見出だすでしょう。
その時は、思う様作ればよい。
でも私はもうだめです。何も見えない。そこに、素材がありますね。」
かれは作業台に乗っている巨大な切り株を指差した。
「あれが私の最後の仕事です。
あの中に、再び何かの形を見付けられるか。
そうではなくてあの木の中に何かを見つけるひとを私が見付けられるか。
あれが私の最後の素材です。
あの中に何かの形式を見いだせる人に出会えたら、直ぐ様あれを譲るつもりです。

ところでどうですか。
あなたなら、あの中に何かが見えますか。」
ボイスレコーダーが回っている。
私は切り株に対して目を凝らす。

じっと見る。
「真っ赤な火が燃えているのが見えます。」
と言うと、ロートル作家の両目にカッと激怒の雷光が堕ちた。