小説「分け合って。」 | 文学ing

文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

“高齢者夫婦またしても孤独死”

という見出しを新聞で見つけた。

高齢者の二人暮らしの夫婦が、こたつにあたって餓死している状態で見つかったのだという。夫は認知症が進んでいて日常生活に介護が必要で、妻がそれを支えていたが、周囲の家庭との交流は無かったのだという。

高齢社会課への取材によると、この夫婦の存在は把握されていたものの、孤立状態に至っているまでの認識が及んでおらず、今後責任の追及が行われるもよう、とな。

印象的だったのは、

“発見された時は死後数日から数週間が経過していて、二人の手には半分に割った饅頭が片方ずつ握られていた”

とのこと。

 

「ねえ、こんな死に方っていいねえ。」

と私は夫に伝えに行った。夫は、

「何が?」

仕事に出かける前でシェーバーを使っていたので、鏡に集中していて私の方を振り返らずに応えた。

私は、新聞に書かれていたことをかいつまんで伝える。

「僕は認知症になって人の世話になって死んでくなんて嫌だ。」

「うん、じゃあ、何かばれない方法を使って痴呆が酷くなる前に殺してあげるね。」

「苦しいのは嫌だよ。」

「うんと寒い部屋に閉じ込めた後で、熱いお風呂に入れてあげるよ。老人の一番オーソドックスな死に方だよ。」

朝からするような話題でもないな。と夫が呆れた。

「僕はこれから仕事に行くんだぞ。仕事するまえから死ぬ話しなんてよしてくれよ。」

「でも、これって結構幸せな死に方だと思うんだけどな。」

私は洗面所の壁にもたれながら、鏡の中の夫の顔を見ながら言った。鏡の中の夫の目が一瞬だけ鏡を見ている私とドッキングした。

「餓死はけしていい死に方ではない。」

夫は使い終わったシェーバーをきれいにしながら言う。

「そんなこと言ったら、いい死に方なんてないと思うがな。」

「最期まで一緒に居られるなんていい死に方だと思う。」

私の両親も祖父母も、それぞれがお互いの死ぬ瞬間に居合わせられなかった。おじいちゃんは私が子供の頃、畑から帰ってくるのが遅いなあと思って見に行った父に倒れているところが発見されて、手遅れだった。

父は壮年期に癌を患ったのだが、傍で看病していた母がほんのちょっとの間家に戻って着替えをしている間に、容態が急変してあっという間に死んでしまった。

 

私は、あなたの最期の瞬間に傍にいられないのが怖い。その後に起きたことを何度も経験しているから。

このおじいさんとおばあさんの様に、おそらく、そのお饅頭が最後の食べ物だったのだろう。最後の最期まで二人で分け合って、そしてあなたと同じ瞬間に死んでしまえたら。

「どんなにかいい事だろうかと思うんだけど。」

と私が言うと、

「君は僕より長生きしなさい。」

と断固として言われた。

「それまでお饅頭でもシャンペンでもなんでも半分こさせてあげるから、どうか僕よりも長生きしなさい。」

と、断固として言われた。どうして、と尋ねたら、

「理由は君が考えているのと同じだ。」

と言われた。そして、全く、本当に朝からするんじゃないような話題を持ってくる人と結婚してしまったなあ。と言いながら、夫は自分の部屋に戻っていく。

私も朝ごはんの片づけをざっとして、自分も仕事に行くための身支度を始める。