小説「井戸から来た奴」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

7歳の時に、もう使わない畑の隅にあった枯れ井戸を、埋めた。それからあいつは来なくなった、遊びに来なくなった。

僕はアオタと遊ぶのが好きだったので、とても哀しかったのを覚えている。後年、なんであの時枯れ井戸を埋めたんだ、と父に訊いたら、その当時もう幾ばくもなく入院していた爺さんが、最後の執念で要求したんだそうだ。

 

「なんでまだ。」

と僕は父に問う。

「むかしから井戸は粗末にしたらいけないと言われてきたんだ。特に、爺さんは、枯れ井戸をほおっておくと鬼が湧くと言って嫌っていたな。」

 

それを聞いたとき、じゃああいつは鬼だったのかもしれない、と僕は思った。子供の頃、僕だけが知ってた友達で、ある時例の枯れ井戸の横に立っている所、僕は出会った。

「よお!」

とそいつは嬉しそうに笑っていた。

「おう!」

面白そうなやつが居たから僕もうれしくなって応えた。

「何して遊ぶ?」

とそいつが言った。

「お前誰?」

僕は訊いた。

「俺、アオタ。暇だから久しぶりに出てきたんだ。お前、この辺の奴?」

アオタは細い目をなお糸のようにして口をいっぱい開いて笑っていた。

「うん、ここ、僕の家の畑。」

「そうなのか!嬉しいな!」

ヤスヨシの家の奴か、と言ってアオタは嬉しそうに飛び跳ねた。

「ヤスヨシはもう俺なんかとは遊んでくれないからな。」

ヤスヨシと言うのは誰の事だったんだろう。でも僕はアオタがあんまりにも嬉しそうにそこいらを跳ね回ってなあ遊ぼうぜ、何しようか、と言うので、そんな姿を見ているのがただ、面白かった。

「てんとうむし探しにいこうよ。」

と僕は言った。いいな、任せとけよ!とアオタは強く言ったのだった。アオタは、小さな虫やトカゲなんかを捕まえるのが上手かった。

それに、野原に生えている草の中から食べても構わないものを探しては教えてくれた。僕たちは草ぼうぼうの畑の中を、虫を探して走り回って、時には小さなキイチゴや草の実を千切っては2人して口に入れて、そしてまた笑った。

そうして僕は2年ほどアオタと毎日遊んで行ったんだけど、ある日とうとう井戸を埋めてしまうことになった。

 

そして井戸を埋めた日以来アオタには会っていない。僕が畑で遊んでいたのを知って爺さんが激怒したのだ、と言われた。

僕は畑の方にいくことを禁じられた。だから必然的にアオタには会えなくなってしまったんだけど、それにしても井戸を埋めてしまうまで、僕はアオタがどこの誰なのか、全く気にせずに過ごしてた、そのことの方に驚きと悲しみを感じた。

 

枯れ井戸を頬っておくと地獄と道がつながってしまうのだそうだ。アオタは、ひょっとしたら、地獄から遊びに来た鬼だったのかな。

もう確かめようもない。10年も前に井戸は埋められてしまって、きちんとお祓いもされてしまった。

ひょっとしたらまだどこかに枯れ井戸があって、そこからまたこっちに遊びに来るのかもしれないと思ったりする。

だから僕は旅行に行って古刹を訪ねたりすると、井戸を探して、そこにまだ水が残っていて、成長したぼんやりした僕の顔が水面にあるのを確認して、がっかりしてそこを離れるのだった。