小説「納屋の中のおばけ」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

納屋には近づいたらいけんぞ、中におばけがはいっとるからな。

と言うのがおじいちゃんの口癖で、
言われなくても近寄らないよ!

と言うのがいつだって私の本音だった。

私は未だに実家には寄り付かない。そこにはおばけが仕舞われているからだ。
納屋は裏庭の一番奥にあって、錆びた重たい南京で固く錠が下ろされていた。

中に何を仕舞っているのかわからないけれど、見た感じ、私が見たかぎりでは、怖くて近くに寄ってなんか見れなかった、遠くから見たかぎりでは、この数十年は開けられた形跡は無かった。

木の板を張り合わせて作られたぼろぼろの小屋で、屋根にも壁に苔やカビが生えて、所々半崩れになっていた。
こんな事で本当におばけを仕舞っておけるのか。
私は心底恐怖していた。

怖かったのは、月に一度叔父や従兄たちが家に集まってくる日だった。

その夜私は早く寝かされる決りだったけど、私は誰も居ない父親の寝室から、男たちが何をしているのか見てしまう。

灯りは無い。だれも明かりを持っていない
(その頃の私は暗闇は居れば慣れてしまうということを知らなかった)。
だが男たちの姿はぼんやりと知れた。

皆が手に長い線香を束ねて持って、それに火を付けて納屋の周りを取り囲んでいるからだ。

火をつけた線香を手に持った親戚の男たちが、居並んで納屋を取り囲んでいる。

私はその様子を確かめたら急いで自分の部屋に戻る。
だって、そのよるは必ず鳴るのだ、家中が。
ぺりぺり、
めしめし、
はりはり、

と。家中が軋む音を立てる。きいーきいーと言って、家全体が揺れている気配さえしてくる。
私はその真只中にあって、布団の端を掴んでこちこちになっているのだった。

めりめり、
はしはし、
きしきし、

と言う音は夜通し続いた。
だから私は40が見えてくる今でも、実家には寄り付かない。高校を出てから大阪の学校に進学してそれっきり。
きっと死ぬときは誰にも知られずに死ぬんだろうと思う。

男たちが納屋の中に仕舞っていたのは、

閉じ込めておきたいもの

だったんだろうと今なら思う。それはおばけなんかじゃない。
でも彼らにしてみれば間違いなくおばけなのだ。付き合わされていた従兄たちはどんな気分がしていたのかな。

それが分かっているから私は実家には帰らない。
彼らが閉じ込めていたものを考えるなら、私は絶対にふるさとに近づくべきじゃない、と、思うのだ。