小説「うさぎに着せた洋服」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

おばあちゃんの傍らには常に手仕事の道具あって、何かしらの内職をしていた。
手先の器用な人だったから。繕いものや縫い物の内職をよく引き受けていた。道具箱は様々にあって、カーテンの縁のレースを編んでいることもあった。
どのくらいの収入になっていたかは、今はもう永遠の謎である。
私が子どもの頃持っていたうさぎのぬいぐるみに、上着とスカートを着せてれたのも、おばあちゃんであった。
私の洋服も沢山縫ってくれた。私はおばあちゃんが縫ってくれたズボンやスカートをはいて小学校に通っていた。ちっとも違和感は無かったと思う。
 
私は定期的におばあちゃんに肩や腰を採寸された。新しい服を作るためである。そのたびにおばあちゃんは、
「いいちゃんはなんちゅおおきなったこと。みあげないけんわ。」
と喜んでいたようなかすかな記憶がある。
 
おばあちゃんはいつも手仕事をしていた。その上明るいうちは田んぼや畑の仕事を何枚も一人でこなしていた。
 
ある日は田んぼの畔の草を取ったり、ある日は新しくネギの苗を植える畝を作ったり、ある日は干していた豆の鞘をたたいて中身を取り出したり、日がな一日外で仕事に明け暮れて、そして帰ってくると家族全員の食事を作り
そして夜は内職の仕事と私の為の縫い物をしてくれた。時にはうさぎに洋服を着せたり。
 
はっきり言って、おばあちゃんがそこまで仕事をすることは無かったのだ。おじいちゃんは技官で県庁つとめをしていて、毎月必ず、もらったままの給料をおばあちゃんに全額渡していたのだから。
「おじいさんは一回も、封を切った給料袋渡しんさったことが無かった。」
と言うのがおばあちゃんのささやかな誇りらしかった。だからおばあちゃんはその中からいくらでもやりくりをすればいいのであって、自分がきつい野良仕事や細かい内職をする必要なんて無かったのである。
 
おばあちゃんは働いて働いて働いて、体中の骨がぼろぼろになって、最後は手術までして、結局寝たきになって枯れ木みたいになって死んでしまった。
 
これは全く私の推測なんだけど、
おばあちゃんはおじいちゃんが戦争から帰ってこないのが怖かったんじゃないだろうか、と。おじいちゃんが出征した時に伯父はすでに幼児だった。
おじいちゃんは技士だったので、進軍のために橋を掛けたり壕を作ったりする部隊に属していて、よって前線にでることは無かったそうだけど、その為に無事に帰還して、私もここに居るわけなんだけど、
おじいちゃんが死んで帰ってきたらどうしよう
というのはおばあちゃんの中でとんでもない恐怖だったんじゃないだろうか、と私は最近考える。
この子をどうやって一人で育てて行ったらいいだろうか。
働かなくては。
そういう恐怖感がおばあちゃんを突き動かしていたのではないだろうかと。そう、私は考えている。
男の仕事、女の仕事なんて考え方が根強かった時代だとは思うけど、夫が死んだら妻が働くのだ。そういうものなのだ。
そういう風に考えていたんだろうかと私は思う、来年はおばあちゃんが彼細るようにして無くなってから12年。
私は、自分の子どもを連れて十三回忌の法事に行く。