長編お話「普遍的なアリス」の25 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

この男はいつだって私のひとりぼっちの外側に居た。いつだって私を一人ぼっちのままにしていた。
まるで、ソウスケが近づいてもいい区画があらかじめ決まっていて、そこからは絶対に入り込んではいけないみたいに。
 
私が兄に愛されていると自覚したのはいつごろだっただろうか。お兄ちゃんは不愉快な両親に代わって私の大切なシーンにはいつでも傍にいてくれた。
運動会とか、発表会とか、懇談とか。そういう時にいつでもいてくれた。宿題を教えてくれた。一緒にご飯を食べていた。
そうして私たちはいつも一緒にいながら、いつだってお互いに一人きりだった。そんな私が兄に愛されていると自覚したのはいつの事だっただろうか。
 
ソウスケは私のことを愛している。肉親の情として最大限に、この人だけは何があっても私の事を裏切らない。見限らない。捨てたりしない。
そうして私は兄のことをずっと信頼してきた。兄は、この男だけは、どんなことがあったって私の味方でいてくれる。そう思っていたのに。
 
でもソウスケは私の心の内側には絶対に入って来ようとしなかった。私は兄に愛されていることを、小学生の頃には必ず自覚していたと、思う。きっとその位の頃には私とソウスケの信頼関係は確立されていたと思う。
でもソウスケは常に私の心の外側にいた。そして私がモレナを見つけられなかったら死んでしまうと言った。
だからいつまでだって待っているから、ユイが俺のモレナを見つけてくれと言った。モレナが何のことなのか未だに分からない。
でもこんな。
こんな時にまでモレナの話を持ち出すなんて。兄が何を考えているのか私には分からなかった。ソウスケのこめかみに自分で付けた傷を、そんなところに傷があることが、どうしてか忌々しくてたまらなかった。
 
今私の心の中はこの男への憎しみでいっぱいだった。
体が憎しみを支えきれなくなって、私はソウスケの部屋の入口で腰を抜かして座り込んだ。
ソウスケは、さっきの形相からは打って変わって、普段の表情のない、感情の読めないソウスケに戻っている。
私はあらん限りの憎悪を込めて言った。
「あなたは私をなんだと思って今までいたの。」
 
ソウスケは、黙っていた。答えなかった。色のない、意味を探せない、何考えてるんだか分からない目してを見ていた。へたり込んだ私の事をずっと見ていた。
そうしていつまでもいつまでも黙っていた。私は、自分の問いを心中で反芻した。
あなたは私をなんだと思っていたの。
応えて。あなたは私をなんだと思っていたの。ソウスケはとても長い間、無表情に沈黙を続けていた。
 
「妹だ。」
耳を疑った。
「さっきあれだけ私を疑ったじゃない!。」
私は床を叩きながら叫んだ。冗談じゃない。あれだけ人の存在を疑ったくせに。
「妹である証拠があるかとか何とか好き放題言ったじゃない、それを、何を、」
「証拠がないと言っただけだ。それに戸籍上はれっきとした俺の妹だといったはずだ。俺は確かにお前が赤の他人である可能性について常に考えてきた。
だからと言ってお前が俺の妹であるということに、何も変わりは無いだろう。何の問題があるんだ。お前は俺の妹だ。」
「ふざけないで。」
そんな悲しそうな声で言わないで。私だったらあなたの考えていることなんて何でも分かる、と持って話さないで。
今あなたが悲しくて仕方がないんだって、私がちゃんと理解していると思って話さないで。でなきゃ、私にはそれが分かってしまうから。
あなたが悲しんでいることが分かってしまうから。
「最低よ。」
私は立ち上がった。そして捨て台詞を何か言いたくて。
「人のこと公衆トイレでうまれたみたいな言い方しといて!」
「公衆トイレは重要な機関だ。」
と、相変わらず要領を得ないことを言う兄を部屋に残して、私は全速力で台所に降りる、そして、テーブルの上のとんちんかんに冷えたスパゲティを皿ごと燃えるごみのゴミ箱へ投げ捨てる。