今では週に2日しか出勤していない。もっと入ってくれと主任には言われているのだが、宅建の資格試験にどうしても受からないから勉強の時間を取りたいんです。
そういって逃げている。彼らは人間の運をいくばくか操れるという特技があるらしくて、そのため僕は定期的に小さな幸運に恵まれている。お礼です、と彼らは言う。
スクラッチを一回買うと10万は当たるような、懸賞に応募すると必ず当たるような。金銭だったりものだったりが必ず手に入るようになっている。そんなようにして僕は生計を立てるようになったのである。
ともかく仕事であるのだ。正直気がめいる作業だけれど、僕はやる。いうなれば、僕は、聞き書き士だ。
めげている、しょげている、
と言っている割には彼らの姿はとても綺麗だ。ごく薄い絹織の、ストールみたいなものが、きらきら光りながら空を舞っているような姿をしている。
僕は初めてそれを見た時、不思議だな、とか驚いたな、という感情は無かった。ああ、とうとう来たなという気がしたのだった。
向うの方でも僕が彼らの姿を見ることが出来る事を、最初から知っていたようである。
「お久しぶりでございます。」
なんて言われた。彼らは、尸という名前の虫なのだそうだ。
「前にお会いしてからずいぶんになりますな。」
と尸虫は話し出した。よると、尸が見える資格というのは人から人へ定期的に渡り歩いているみたいで、それが今は僕のところに来ているらしい。
尸虫から見ると、僕の頭の上に黒い穴みたいな影みたいな、いっそ口のようなものがぽっかりと浮いているから、僕が尸の聞き手だということが分かるのだという。
「さあ、どうぞ聞いてくださいませ、私のむなしさを、私のむなしさを。」
尸虫とは、人の体の中に住んでいてその行動を観察していて、悪事を働くとそれを天帝に告げ天罰を下すのが仕事なんだそうだ。
だが、
「これだけ人間の命脈も、大地の気脈もずたずたになっていれば、天帝が罰を下そうにも網のような乱脈に邪魔されて、届くものも届きはしません。」
だからむなしいのだ、やるせないのだ、はがゆいのだ、と彼らは話す。
風に舞っている薄絹みみたいな彼らは、むなしい、むなしい、と嘆いている割には、その色はムシによって明るい緑色だったり淡い紫色だったり、薄い黄色だったり、とにかくきらきらきらきら光って、とてもきれいだと僕は思う。
「さあさあ、どうか、聞いてください、私のこのむなしさを、そしてどうぞ書き留めてください、私のこのはがゆさを。」
そう尸虫は話すので、僕は今日もワープロソフトを立ち上げて、彼らが目撃した、そして天罰を加えることの出来なかった悪事について話す。
出来れば聞きたくない話ばかりだ。実の娘を輪姦し暴行し、死んだと思ったところをゴミ袋に入れて山に運んで行って、生き埋めにして殺した男の話なんて。
聴いているだけ僕も心が暗くなってくる。だが、虫の語るままに、僕はワープロの画面にそのことを打ち込んでく。
「ああ、むなしいことです。むなしいことです。はがゆくてなりません…。」
と、空をひらひら飛びながら話していた虫は、言うだけ言って満足してしまうと、ありがとうございました、なぐさめられました…と言いながら消えていく。
きっと元の宿主の体の中に帰って行くんだろう。
僕は、きっとこういう役割も必要なんだと思っている。誰かのむなしさを聴いてそれを忘れないように記録に書き留めておく、という役割が。
忘れないでいる事、それが彼らにとってとても大切な意味を持っているのだと。そう思える。だからどんなに嫌な辛い話でも、僕はそれを聴いて文章に書きとる。
それで尸虫の心がいくらかでも慰めらるんならそれはそれでいいじゃないかと思っている。妙な仕事なんだが、自分にしか出来ない仕事で生きていくと言うのは正直気分がいい。
いつまで続くか分からないが、こうして僕は毎日、尸虫の聞き書き士という仕事をしている。