小説「投てき。」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

さおりちゃんには、心が離れて行く瞬間が見える。それまで誰かとだれかの、くっついていた心がある日途切れて、冷めて、離れて行く瞬間が見えるのそうだ。
 
「あ、今。そこ。誰かの心が離れて行っている。」
と、学校帰りに彼女は言った。私がさおりちゃんのこんな変な癖をどうして信じているかと言うと、(さおりちゃんにしても、自分のこの癖について私にしか話していないみたい。なぜだか。私なら話しても聞き流してくれるかなと思ったんだそうだ。
聞き流さなかったけど。)
 
「西村とまみこは近いうちに別れるよ。」
とか、
「谷さんちのお父さんとお母さんはもうすぐ離婚するよ。」
とか、
「ひよりちゃんはもうすぐいじめられるようになる。」
という予言がことごとく成就しているからだ。なんで?と聞いたら、
 
「それまで寄り添っていた心が離れて行くのが見えるから。」
とさおりちゃんは言った。
「ああ、また誰かの心が誰かから離れて行った。」
と、一緒に自転車押して学校から帰りながらさおりちゃんは言う。急いで帰る必要もないので、私とさおりちゃんはお互い、別れる道に来るまでは自転車に乗らずに押しながら話しながら帰るのだ。
 
さおりちゃんの言葉によると、離れて行く心は、まんまるなボールできらきら光りながらぽーんと元気よく飛んでいくのだそうだ。
「ソフトボール投げしてる時みたいに。」
とさおりちゃんは説明した。離れて行く心はとても気持ちよさそうなんだそうだ。快く。空を切ってぽーんと飛んで行ってしまうのだそうだ。
 
「残された方の心はどうなっているの?」
と聞いてみたら、そっちの方は見えないんだ、とさおりちゃんは言う。
「でも、きっと最初は戸惑っているけど、そのうち現状になれちゃって、心その物が消えてなくなるんだと思うよ。」
離れて行く心も、飛ぶだけ飛んだら花火が消えるみたいにして、空のかなたでぴかっと光って消えてしまうんだそうだ。
 
本当にそうかな。
と私は自分の心を疑ってみる。かつて寄り添ってくれていた心を失った、自分の心を疑ってみる。私のこの心は本当に慣れて消えてしまうんだろうか。
 
「あ、今さくちゃんに沿っていた心が離れて行ったね。」
と、私は前にさおりちゃんに言われたことがあるので。