それよりももっと複雑な形をしているのが耳なのだそうだけど。だから人口的な細胞で人工的な臓器を作る実験をするときは、まず耳から作って行く。
裸の体に、背中に、人間の耳をくっつけたマウスを昔見たことがあった。テレビで。そんなことはどうでも良くて。
今、私の背骨のきれいに並んだ突起のひとつひとつ、あるいは耳をかたどっているひだひだの間を、撫でるように駆け抜けていく、恐怖感と言うものが。
これが恐怖か。
と私は初めて感じていた。放っておいたら何かを叫んでしまいそうで怖くって、私は口を両手で強く抑えている。
兄が私に怒りを向けている。ミラクルショットを狙う時のハスラーみたいな目で、私のどこを打ち抜こうかじっと見据えている。
獣を狩ろうとするひとだってこんな目で獲物を見たりしないだろう。ソウスケの目的は私を狩ってしまうことではない。
もっと別のところにあるからだ。その目的のありかが、私には怖くて仕方なかった。ソウスケの意識の中で私が痛めつけられる。
それが、私が初めて感じている恐怖感だった。
「お兄ちゃん。」
私はかろうじてまた言った。
「俺をそう呼ぶな。」
いくらか落ち着いた声でソウスケは吐き捨てる。
「お前が俺の妹である証拠がどこにある。」
正に、その言葉は私の顔面を大風の様に吹き飛ばして駆け抜けて行った。
「何を言っているの。」
「お前はあんな金目当てのあばずれが産んだ娘だ。俺の父親の子どもである証拠がどこにある?
むろん、お前はお前の両親が結婚した後に生まれたれっきとした嫡出児で、戸籍上間違いなく俺の妹だ。
だが肉体的にそれを証明できるのか? お前は疑った事が無かったのか? 今まで、一度も。お前の母親が適当な男の子どもをはらんだ後に俺の父親と寝たという可能性を考えたことが無かったのか。
だったらお前は俺の妹などである証拠なんてどこにもない。お前はそのくらい、お前という存在は、そのくらい曖昧であやふやなものなんだ。そんな可能性を、今まで考えたことが無かったのか。」
私は、ソウスケの言葉に打ちのめされた、そして口から出てきたのは、
「さいてい。」
その一言だった。
「あなた、私のことを今までそんな目で見てきたの。」
「そうだ。俺は常にお前が俺の妹ではない可能性を考慮に入れてお前のことを見ていた。お前がどこの誰ともしれない男と、赤の他人のあばずれとの間の子どもだという可能性を、俺は常に考えてきた、」
「最低!」
四肢に力がみなぎって、私は一気にしゃがんで手当たり次第にそこにある本をソウスケに向かって投げつけた。
「人の事ずっとバカにしてきたのね、最低だわ、さいていよ、あなた!」
と叫ぶと、
「俺は可能性の話しをしているだけだ。あくまで、可能性の話しだ。お前が未だにモレナの一つも見つけられないから、そんなことにも考えが及ばない。」
「この期に及んで訳の分からない話はもう止して!」
私は一際大きな本をソウスケに投げつけた。ソウスケは避けなかった。角が、こめかみを掠って飛んで、ひっかき傷を作る。