小説「その指に落雷」 | 文学ing

文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

習えばいいと言う訳じゃない。と言うか師範はあからさまなひとだ。
両親は私をこの教室に入れたことをそろそろ後悔し始めている。余りにも本式にやる人達の中に、私を入れたのを後悔している。
教室としては、受講料が商売の世界なんだから、特に私を締め出さない。実際は締め出されても、現実には締め出さない。

私は、後悔したって、辞めたらもっと後悔するに決まっているから、辞めない。
どんなに省みられなくても私は辞めない。

と言うか、私は舞踊を習っている訳ではない。見放されているからだ。
師範の前で一通り振りを動く。と、はい、良いでしょう。
ぱん。
ひとつ手を叩いてそれで私の時間は終わり。
私は習っている訳ではない。師範は能力の低い人間を徹底的に見放している。

私には才能がない。
それが分かるのは、目の前に才能のある人間がいくらでもいるからだ。

その、指先の流れ。
私が観ても解る、その手が空を流れるだけで私の額には落雷のような激痛が走る。

違うのだ。何もかも違うのだ。私とは何もかも違う。
彼女が、ほんの一差し手を延べるだけで、世界が変わる。
場の空気が変化する。音楽の色まで変わってしまう。居るのだ。そう言う人たちが。
そして居るのだ、そう言う人たちが、何人だって。そう言う人たちのための場所なのだった。

だから本音を言うと、師範にしたら私の存在など邪魔なだけだろう。
余計な時間を極力採られたくない。そういう目でしか見ていない。

私は、私とは違う人たちが師範の前で足を、指を、動き続けているのを見ている。
自分の前に扇子を置いて座ったまま、いつまでも見ている。

習っても、仕方のないことはあるのだ。私はその人たちを見ているといつも額に落雷がするのだ。

そして、
あの可憐な指先の上にも落雷すればいい、そう思っている。
燃えてしまえばいい、あの指先が雷に打たれて焼け落ちてしまえばいい。

あの人は、舞っているあの人の手に今落雷したら、どんなにか驚いて、そしてそれからどんなに苦しむだろう。
私は、その人が手を焼かれて苦しめばいいと思っている。

音楽に乗せて足を運びながら、師範に厳しく叱声されているその人の、指が。今、焼け落ちてしまえばいい。

そうするば私と同じになるだろう。今焼けている私と同じことになるだろう。
あの人と私は同じことになるだろう。
あの指に、雷が落ちれば。