部屋の明かりを消して、ベッド脇のスタンドの明かりで本を読んでいる信行の事を隣に寝そべって、じっと見ていた。
「寝ないの?」
「そっちこそ。」
「明るくて寝られない?」
「ううん。まだ眠くない。」
「そう。」
と信行は言った。本を読んでいる時は、強いて話しかけないとこっちを見てくれない。
「今どんなことが起きてるの?」
「探偵が、いよいよ“犯人はこいつだ!”って言ったところでその容疑者が密室に監禁された状態で発見されて、
しかも何者かによってこん睡させれた上に、死なない程度に処置はされていた、それで、事件の真相が振出にもどるってところ。」
「その、こん睡させた人が犯人になるのかな。」
「まあ、そうだね。」
と信行はページに視線を落としたまま答える。
こんな時私は、いつも新聞に目を落としたままのポーズで、それ以上のイメージが一切ない父親のことを思い出してしまう。
どんなに嫌われていても、それでも、日常的に目にしてきた父の姿だ。信行が本を読んでいるのを見ていると、そんな父の事が頭をよぎる。
どんな父親でも、結局は父親なんだな、と絶望してしまうから、私はうんざりする。白状しよう。私だって父親に甘えたくない訳ではなかったのだ。
そして、あの男は決してそういう人間ではなかったのだ。
金は持っていた。
それだけの人間だった。
「犯人もう分かっているの?」
私が猶も横から話しかけたら、信行は特に煩そうでもなしに、答えてくれる。こんな時の信行は、悪くない、と思う。
悪くないから好きになれるかどうか。それはまた、微妙なところ。
「これ、もう読むの6回目くらいになるからね。」
「推理小説でしょう?犯人やトリック分かってるのに何でそんなに何回も読むの?」
私は驚いた。
「厳密に言えば推理小説じゃないよ。日本三大奇書って言われてるうちの一冊。とりあえず殺人事件は起きるんだけど、トリックなんて終始繊維が水分で伸縮する、っていうそれだけ。
それで鍵が空いたりしまったりするってだけ。ほんとにトリックらしいものはそれだけ。
でもそれ以外は、徹頭徹尾作者がやりたい放題やっている印象の物語だな。そこが好きなんだ。」
「どういうところが?」
「うん? たとえばね、作中に論文とか古文書とかの名前が山ほど出てくるんだけど、」
「だけど?」
「全部作者の創作、そんな本はこの世に一冊も存在しない。そういう、根性あるところが好きなんだよな。」
「信行はスポーツマンだから。」
と私が言うと。
「うん?それは関係ないと思うが。」
と信行はページを捲りながら静かに言った。静かな夜だった。信行の部屋には作り付けのクローゼットとCDが聴けるステレオと、テキストを収めたラックと、机代わりのちゃぶ台と、信行のパソコンがあって、
それら全部が私たちの事なんて初めから無視している。
そんな静かな夜だった。