小説「あなたがすき」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

「常々言っていただろう。結婚は当人同士の同意においてのみ成立することだ。だから好きにしろ。でも反対だ。でもお前の人生だろ。好きにしろ。でも私は反対だ。
断固として反対だ。」
「そんないい方するなよ、お母さん。」
「いいからお前の人生に私を巻き込むな。こんないかれぽんちを連れてきやがって。」
と私は言った。
 
息子が連れてきたのは本当に酷い女だった。
頭に何も入っていないのが外から見れば瞭然なのだ。にたにた笑うしか能が無いような顔をして、さっきからえー、はあい。しか言わない。何を聴いてもだ。
ええー、はあい。
の繰り返し。そしてにたにた笑っている。酷い女だ。
 
「という訳で話は終わりだ。とっとと好きなようにしなさい。私は知らない。」
と言って私は息子と話していた部屋から出て行こうとした。
「でも、そこまで反対することじゃないだろう。」
と去り際に息子が憤慨して声を掛ける。私は振り返らずに、
「お母さんもう家出てくから。」
と言った。おい、お母さん。と息子が言い終わる前に和室の戸をひしりと閉める。
 
私は自分の部屋で荷造りを始める。息子が結婚するのに備えて家を出ようと思っていたのだ。それはずっと前から考えていたことだった。
あいつがろくでもない女を連れてきて結婚すると言ってきたら、家を出ようと。とりあえずは大学時代の友達のところにでも居候させてもらって、それから先の事を考えよう。
 
そう思って、私は久しぶりに取り出したトランクに服とか本を詰めだした。
 
あいつがろくでもない女を連れてきても、私は反対はしない。反対はしないと決めていた。結婚は当人の合意にのみ基づいて行われるべきものだ。
本来どんな人間も口をはさむべきことじゃない。だから反対はしない。
 
でもあんまりろくでもない女を連れてきたから、私はこれから家を出て行く。本当に、ろくでもない女を連れてきたもんだ。
多分日本語もろくすっぽ話せないんじゃないかな、私はサリンジャーの「ナインストリーズ」を持って行こうかどうか迷いながら考えていた(この本は好きな短編とそうじゃないのが入り混じっていて、私は本当に迷うのだ)。
 
お前の人生だ。好きになった人と好きなようにしなさい。でもそこに巻き込まれるのはごめんだ。しかも日本語のできない日本人と。私がもっとも嫌ういきものじゃないか。
 
しかしそんな女を好きになるように育ったのだなあいつは、と私はつい再読し始めた文庫本のページを捲りながら考える。
それは私の落ち度だろうか。奴の個性だろうか。どっちに片づけたらいいのだろうか。私はどっちに片づけたいのだろうか。
 
ともかく私はこの家から出て行く。それは、息子の人生から出て行くときが来たのだと、私によおく知らしめていた。