長編お話「普遍的なアリス」の14 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

信行のどういうところが好きかと言うと、たとえばホッケーの試合を見に来い、などと言わない処だ。
私はスポーツには興味が無い。目が良くないので人の動きを追えないから。それに球技はルールが難しくて、瞬間瞬間に何が起こっているのか、理解できない。
 
そしてはっきり言って、信行のホッケー部は弱い。試合を見に行っても必ず惨敗する。自分が付き合っている人が無残に負ける姿を見ているのは、ただただ悲しいことだ。
 
そういうことを分かってくれているのかどうか、信行は私にホッケーの試合を見に来いとは言わない。
現に今日は日曜日なのだけど練習試合があるので、食事作ってくれていると助かる、と言われた私は買い物をした後信行の部屋に来ている。
一人で信行が帰ってくるのを待っている。
 
CDでシューベルトの歌曲集を聴きながら。若い女性が澄んだドイツ語で歌っている。私のとても好きな音楽だ。
私は信行のベッドに寝転んで、信行の本棚から勝手に本を出してきて、読んでいる。CDが私に野ばらの歌を届けてくれる。
 
例えば信行のどういうところが好きかというと、自分の好きなものの話をしないことだ。信行は読書家だ。
私は、「屋根の上の軽騎兵」という本を読んでいる。文章がややこしくてなかなか頭に入ってこないんだけど、主人公が何かに困っているということは分かっている。舞台は昔のイタリアだ。
 
例えば信行は、そういう自分の好みを私に話そうとはしない。あくまで自分の世界に浸りきっていて、気が向いたときだけ私の相手をしてくれる。
私は、そういう信行の事をとても好きだ。
 
そして信行の部屋で一人で過ごしているのが好きだ。信行はチャーハンが好きなので、私はカニチャーハンを作ろうと思ってネギとカニ缶と卵を買ってきている。
練習試合から帰ってきたらすぐに料理に掛かれるように準備していた。そして私は一人、信行が帰ってくるのを待っている。
 
誰かが帰ってくるのを待っているのがこんなに安心するものなんて。
と、私は信行に会って初めて知った。私の育った家では誰かが定期的に家にいるということが無かったから。
居る時はいるし、いなければいないのだ。
私には、誰かが「帰ってくる」という概念を持たずに育った。誰かを待っているという感覚を持たずに育った。
 
そんな私が今寝転んで本を読みながら、きれいな歌声を聴きながら、信行の事を待っている。
なんて安心する時間なんだろう。信行が必ず帰ってくることが分かっている。途方もないことだと思う。
必ず帰ってくる人が居るなんて。その人を、待っていてもいいなんて。
私は一向に頭に入っていない本を途中で投げ出して、信行のブランケットにくるまった。
寝てしまいそうだ。
 
この部屋は安寧な場所だ。ここでは私は人を待って過ごしていていい。とても安心する。私は信行の生きている匂いがしっかりとつまったベッドの上で、安寧にうとうととし始めた。