「一万年前というのは、
一万円前と考えると、捉えやすいです。」
というのは大学院時代のゼミの先生の言葉。
鳥取砂丘が如何にして形成されたかを年単位で調査されていた教授で、
本当に何十年にも渡って砂丘の様々なポイントでボーリング調査を行い、堆積物のデータを取っておられた。
そしていよいよこの調査の結果でこれまでの仮説が実証されるぞ!!!
という勝負のボーリングで、まったく見当はずれのデータしか取れなかったのだそうだ。
「研究の醍醐味というのはこう言うところにあります。」
とおっしゃったのは、あながちやけくそでも無かったように感じる。
(しかし私もかれこれ十数年前の講義を覚えてるもんだな)
ところで冒頭の言葉は、「歴史年代のウェイトを感覚的に捉えるためのコツ」
というお話であった。
つまり一万円と言うと割と身近な金額である。なので一万年前と言うのは歴史年代的に其処まで重要な発見、検証ではない。という捉え方。
同じく百年前、十年前なども、地質学年的にはまったくウェイトが軽いのです。
逆に一億年前、十億年前と聞くと、如何にその持っているウェイトの価値が分かるでしょう、とのことだった。
面白い比喩だったのでよく記憶している。
私が今まで書いてきた10年など
だから10円の価値しかないのだ。
地質学年代と比較してどうする、ということになるのだが
殊時間を掛けるということに関して、10年なんてスパンはたかが知れているのだな、
とこの新年にひたすら文章を練っていきながら思いました。
思い上がるな。
たかが知れているのだ。
10年書いたのがなんだというのだ。足らない。まだ足らない。もっと書かなくては。私はまだまだ自分が納得のいくものを書くことが出来ない。だからもっともっと書かないと。
自分が理想としているものを、納得のできる形で小説にしたいです。
その時それが、2000円なり3000円なりの価値を見出していただけるように。
つまり書籍として出版するウェイトに耐えられるように。
その為にはまだまだ足りません、スキルも、神経も。だから書く。
ああ一日に10時間書きたい。