小説「あなたの目をください」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

食べちゃいたいほどいとおしいとはよく聞く表現だけれどどちらかと言えば、
私はあなたの目を食べちゃいたい。ぺろんと。

あなたの目は他の人の視線に映らない狭い岩の隙間などから、
新種の虫を容易く見つけてしまう。私には見えないものが貴方には見えている。
だから私はあなたの目が欲しい。だってあなたはちっとも家に帰ってこないんだもの。

虫や植物の研究をしている恋人は一年のほとんどを外国で過ごしている。

乾燥地とか湿地とか、普段人が寄り付かないところで何日もキャンプをして、
石の下とか木の枝の上にいる一ミリくらいの虫を探し続けている。探して大地を這い回っている。その時私の事を考えることが有るだろうか?

あなたの目には一ミリもないような虫の姿が手の平の上に捉えたごとくよく見えている。
明晰に見えている。

羽の中に走っている編目の様な筋、足の微細な毛、その有るかなきかの間接、奇怪な中にも奇怪なその姿。
そんなものがあなたの目には
嫌というほどよく映っているのだ。だからあなたは家に帰ってこない。

この広い世界の中で有るかなきかの微細な虫を追い回す事に呪われたみたいなのだ。
あなたは新種の微生物を探して研究所に売り込むことで生計を得ている。だからあなたは虫を見つめ続けることを止めない。

だから私は哀しい。
哀しい家の中で私はひとりあなたの帰ってくるのを待っている。
どこかの砂漠で石の裏を返しながら、這いつくばって、埃まみれになりながら、見えすぎる、目に映ってしまうものを我を忘れて追い回し続けている。

だから私にはあなたの目をください、ぺろんといって食べちゃうから。

そうしたらあなたに駆けられた呪いが収まるでしょう、あなたも泥沼を這いずり回る事を止めるでしょう。私の所に帰ってくるでしょう。

だから私はあなたの目が欲しい。

見えなくても良いものが嫌がらせみたいに見えすぎてしまうあなたの目を、
食べちゃいたい。