小説「果てていくもの」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

三日前に家の中に働きバチが迷いこんだ。

相手すると怖いから、何もせずにぶんぶん言うままにしていたら、何処に行ったか分からなくなった。
と、

思うとまたぶんぶん言い出す。
随分落ち着かない日を過ごさせてもらったが、奴は今まで階段の手摺りの上に留まって、身じろぎもしない。

最期の時を待っているんだろうと思っていた。

働き蜂の寿命がそれほど長くないことを私は知っている。せいぜい4、50日生きて、その間に精出して働き、そして死んでいく。

 

そして死んでいく。

まさにその蜂は私の家の壁に疲れた体を張りつかせて最期の時を迎えようとしているのだった。

貴重な体験ができたのだろうか、と私は思う。

働きもせずに人の家の中で、蜜のにおいもしないところを飛び回ってまどって戸惑って出口を探して得られずに、死んでいくのは、働き蜂としては稀有な生き方ではないだろうか。

私はそんな風に思っている。

 

怖いから近寄らないんだけど階段の手すりにつかまってすっかり羽を休ませているその小さなものは、何故かほかの昆虫とは違う顔つきをしているように思える。

(虫に顔なんてあるだろうか)。

 

彼は、働き蜂にしては珍しく冒険して、他の蜂には無い経験をして、そして果てて行こうとしているのだ。蜜を集めて、ひたすら蜜をあつめて生きる以外の生き方をした

それは彼にとっては冒険だったのかもしれない。私はそんな風に思っている。

とはいってもこの数日間この虫のために平穏な暮らしを脅かされたのも事実なので、静かになってくれるなら願ったりだ。そして彼が満足して果てて行くのならなおのこと願ったりである。

 

働き蜂は後になんにも残さない。ただ生きて、そして死んでいくだけである。それ以上の生き方を彼はできただろうか。私の耳元を脅かし続けるという経験を積むことで。

 

そしてなんにも残さずに彼は果てて行く。階段の手すりにつかまって、その羽は

端然として動かない。